怨霊姫異聞




冒頭

 夏の暑い盛りである。
法皇を仲介に、源平の和議が呈された。
 しかしそれは、罠だった。


「生田にまわって!」
「三草山はどうしますか!」
 可憐な姫将軍の号令に平家郎党が叫ぶ。
 望美は一瞬考えた。
 ここで抑えるべき将は誰だ?
「―――大将は誰!」
「源範頼、梶原景時、九郎義経と思われます」
 三人。それぞれの名と軍位置を素早く照らし合わせ、未だ出撃しようともしない二人に怒鳴りつけた。
「知盛、重衡殿!出て!」
 重衡がにっこりと、知盛が酷薄に微笑む。
 平家の嫡流、数少ない生きた将である彼らは「桜姫」の号令によってのみ動く。
「知盛は生田、重衡殿は鹿ノ口を!絶対に抑えて!」
「御意」
「お前はどこをやるのだ……?」
 指示を終えるや、望美はもう出ていこうとしている。
 知盛がいかにも気軽に問いかけた。
 戦いを厭い、この和議を誰よりも望んでいたはずの彼女が、昨夜の内から陣を潜ませていたことは、知盛にも意外だった。
 機転の利く女ではあるが、理想主義者でもある。望美の独断とは考えられない。
 下手をすれば、平家側から和議は崩れた。
 誰か情報源がいるはずだった。その相手と会いにでも行くのか。
 それとも……?
「決まってるでしょう。効率のいい相手よ」
 ふわり、浮かぶのは戦場でのみ見られる戦姫の微笑。
 蒼褪めて高揚した、独特の風情。
 戦いを嫌う、戦でこそ咲き誇る月光花。
 その矛盾こそが、かのひとの最大の魅力だ。
 理想は語るが、彼女は決して夢想家ではない。
 和議は望んだ。
 だが、彼女が本当に望むのが「平家の存続」である限り、そこから決して外れはしない。
 重衡はふと気づき、凄艶に微笑んだ。
「―――この戦、あなたの仕組みでもあるのですね」
「クッ……悪い女だ」
 二人の揶揄には答えずに、今度こそ望美は出ていった。



 ※この後、3編、6人分のショートストーリーに分岐します。


 若き恋敵        ヒノエ・敦盛×桜姫
 あなたにまた恋をする  惟盛・経正×桜姫
 初恋☆パニック     九郎・景時×桜姫