和議は恙無く終わり、いつまでも―――少なくとも両軍のどちらかが滅びるまでは続くのではないかとさえ思われた源平合戦は、意外な終結を見た。
「まあね〜、平和に終わるのが一番だけどね」
「ああ、俺も平家が憎くて戦ったわけじゃない。―――兄上は英断だな」
真直ぐな九郎に景時は苦笑する。
このまま戦が進んで、鎌倉殿の構想通りにいってしまっても、彼は頷いたのだろうか。
「……ま、このまま京に残れるのはよかったかな、俺は」
「よかった?景時の母御は鎌倉だろう。心配じゃないのか?」
「うーん、母上はいずれ呼び寄せればいいし……ね」
景時は微妙に言葉を濁した。
母が監視されていること。鎌倉に戻ればまた監視の日々であること。いつか九郎を陥れなければならなかったこと。
――――そこから逃れられるのは、景時にとって幸いだった。
全部、九郎には何一つ話せないことばかりで、景時の言葉に九郎だって変なものは感じただろう。
腹の底を明かすことはできない。
それでも、九郎はちょっと笑ってくれた。
「そんなものか」
「うん、そんなもんだよ」
気の置けない、というところまでいかない。
それでも、景時は優しくて強い九郎を好きになっていたし、向こうも同じであってくれればいいと思う。
九郎を陥れなくていい。
これが実のところ、一番、大きい収穫なのかもしれなかった。
九郎と景時は、御所内に間借りして、京都守護職として勤めることになる。
六波羅にはいずれ平家が戻り、彼らは朝廷内部に入っていくだろう。
その抑えのためとはいえ、鎌倉殿が九郎の価値を認めたということになる。
九郎は院の覚えもめでたい。そこに景時が更に配属されるのは、歯止めの役割だ。
京都守護職は京に溶け込み、かつ呑まれてはならない立場にある。
朝廷および平家とうまく歩調を合わせていかなければならない。
だからいずれ、鎌倉からなり「くる」だろうと景時は思っていた。
意外なことに、「きた」のは朝廷からだったのだが。
……正確には法住寺の狸からだが。
「……清盛公の娘かァ。8人いたっけ?」
「内三人は、既に入内・婚姻なされているから除外だな」
院御所の帰り道である。
そこで二人はそろって、どちらかは平家と縁組せよ、との勅旨を受けた。
頼朝も同意したものらしく、景時などはその思惑の先を読んで渋い顔をしたが、九郎は「兄上は平和が続くよう、我らに託されたのだ!」とか言って、感銘を受けたようだった。
まあ、いい。
いずれどこからか、似たような話は来ただろうと、景時も諦めることにした。
「じゃあ、誰だろうね」
興味のない声音で問いかけるが、九郎は真剣に首を捻った。
「年の頃がまず分からんからな……」
「…多分年に合わせてなんて、向こうも考えちゃいないと思うよ…」
景時はここで、九郎が「そうなのか?」と目を丸くすると思っていた。
しかし、意外にも九郎は真顔のまま、「そうだろうな」と頷いた。
「どちらにせよ、人身御供のような気持ちでいらっしゃるだろう……嫁されたら、優しくせねばならんな。大事の姫だ」
「………そうだね」
そうだ、と景時は思う。
なにも九郎はただ純粋なばかりではない。
自身も常盤御前という身分低い女から生まれ、源平争乱の渦に巻き込まれた。
望む・望まざるにかかわらず。
立場でその身の翻弄される苦労は充分に味わっているはずだった。
世の常識も闇も、知らないわけではない。
それでも九郎は強く優しい。
……俺と違って。
「そうだね。……俺もそうするよ。ね、でもどっちかって話だったでしょう?九郎が受ける?それとも俺が?」
ここで九郎は暫く考え込んだ。
胸に過った薄紅の幻想を、九郎は目を閉じて振りきった。
春の京、一時だけ過ごした女―――
「―――俺でいいぞ。幸い、俺には想い人も通う女もいないからな」
「それは俺も同じなんだけど……まあ、九郎の方が姫を大事に出来るかもねえ」
「そうか?俺は姉や妹がいなかったから、女の扱いはよく分からんぞ?」
「ははっ、関係ないんじゃないの?姉妹とお嫁さんの扱いは別でしょう〜」
「……そうかもしれんが」
九郎は難しい顔で唸ってしまった。
景時は苦笑する。
こうして、当事者が唸る間にも着々とこの話は進み、当日となった。
普通、結婚の披露目は男が女のもとに三日通った朝に「露顕」のかたちで行われるものだったが、これは和平の象徴でもあるがゆえに、婚姻の前夜に行われた。
呑めや歌えやの宴会は、場を強引にも盛り上げようとしているかのようだった。
源平の在京実力者、あるいは朝廷の歴々の立ち並ぶ中、雛壇の男女はやがて奥に連れて行かれる。
薄暗闇の褥の手前、零れた桜色に、
九郎は息を呑んだ。→■
景時は絶句した。→■