初恋パニック 九郎・景時×桜姫






         景時ver.




 景時は絶句した。
 向かい合って座る、華やかで荘厳な装束に包まれた花嫁。

「……まさか、望美ちゃんっ?」

 そうに違いない、と思うのに思わず確認してしまった。まだ人のいるときに。
 二人を先導した女房が訝しげに顔を上げたが、望美は何食わぬ顔でこれを下がらせた。
 女は静かに退席する。充分に待ってから、景時は向き直った。
 困ったように笑って、頭を下げる。

「ご、ごめんね、名前…」
「ふふ、いいですよ」

 望美、という名は、ここでは正しくない。
 それは向こうでの名前。平家では別で呼ばれているのだろう。
 女房の態度からそれを察したらしい景時に、望美は柔和に微笑んだ。
 その微笑みに思わず景時は見惚れてしまう。
 機械的な思考に戻そうと、景時は記憶の糸を辿った。

「さ、―――桜姫、だっけ」
「はい、清盛様がそうつけて下さいましたので、ここではそのように」
「そっか……それも綺麗な名前だね」

 褒められて、望美も嬉しそうに微笑んだ。
 そういえば、初めて会った春にも、望美という名前を褒めてもらった気がする。
 この人は褒め上手だ。嘘に聞こえない。

「び、びっくりしたよー」
「ふふ、春以来でしたね」

 景時と戦場では邂逅していない。彼と会ったのは、平和の中、春の京だった。
 望美はふと、居ずまいを正した。

「将臣君たちを助けてくれて、ありがとうございました」

 そのまま頭を下げられて、景時は動揺する。

「えっ、あっ、やだな〜!あれは朔だよ。俺じゃないよ〜」
「あの邸の主人は、景時さんでしょう?」
「う」

 柔和な微笑みに、景時は一瞬詰まった。
 名目上はそうだが、実質上は朔だとも言える。数少ない使用人は、事の采配をすべて朔に仰ごうとするのだから。

「や……やっぱり、朔じゃないかな〜?」

 望美は首を傾げた。
 何故そんなに自信なさげに笑うのだろう?

「何か私……悪いことを」
「あ、ううんっ、そういうことではない、んだけど……」

 慌てて首を振って、景時は目の前で佇む人に視線を移した。
 小柄な身体、美しい貌、神秘の瞳。平家の総大将。
 怨霊姫―――――白龍の神子。
 僅かに苦渋が滲む。

「あの……君は、俺でいいの?」
「……景時さん?」

 花嫁衣装でここにいるからには、そうなのだと知っていてなお、景時は躊躇ってしまう。
 自信がない。

「俺は君を…守れないかもしれないよ…?」

 望美の瞳が緩く見開かれるのを、景時は見つめた。
 ――――見張れ。
 重々しい頼朝の声が、頭の中に響く。
 この段になっても、頼朝は平家を潰すことを諦めてはいなかった。

「俺は君を……幸せになんてできないかもしれない……」

 今更ながら、相手は九郎の方がよかったのではないだろうか、と景時は思い、拳を膝の上で強く握った。
 ……相手が、見知らぬ誰かなら、まだいい。
 笑って何気ない風で、騙せる。
 今までだって、知っている相手のこともそうしてきたでしょう、と言われればそうなのだが、……彼女は嫌だ。
 春の京、不意に現れた桜色の舞姫。
 夢幻だったかのように消え失せた君。

(まるで、初めて恋をしたみたいだ……)

 そんな資格はないのに、守りたいと思う。
 愛したいと。
 だが、―――自信がない。
 鎌倉の命令があったら、自分はきっと抗しきれない……。
 望美は爪が食い込みそうなほど握りしめられた景時の拳を見つめ、知られないよう吐息をついた。
 ……景時の言いたいことは分かる。うまく利用できたからいいとはいえ、相手は偽物の和議を仕掛けるような相手なのだ。

(あの情報を聞いていなかったら……)

 きっと、信じた。それしか道はなかったから。―――そしてそのまま屠られた。
 それは阻止できたが、この展開を鎌倉は歓迎してはいないだろう。
 だが、望美は思うのだ。

 鎌倉は歓迎していないかもしれない。だが、平和を望んだのは、きっと望美一人―――平家だけではない、と。
 たとえば情報をもたらしてくれたヒノエ、そして、目の前の景時がいる。
 静かに重ねられた白い手に景時はハッとして、顔を上げる。
 望美は静かに微笑んでいた。

「幸せにしてくれなくても、いいんです」
「望美ちゃん……?」
「みんなで幸せになるんです。景時さん一人で頑張らなくていい。背負わなくていいんですよ……」

 握りしめられた拳は、望美の手で開かれる。
 やはり食い込んでいた痛々しい爪痕に、望美はちょっと顔をしかめて、その手のひらを自分の頬に押し当てた。
 硬くて大きな、男の人の手のひら。
 彼は源氏の陣営ではあるけれど、望美を桜姫として守ってくれた平家の人たちと、何ら変わらない。脈打つ音に安心する。
 誰とも本当は争いたくなんてないから。
 誰にも何も、背負って欲しくないから――

「一緒に幸せになりましょう?……ね?」

 優しくて強い言葉。
 景時は何を言っていいか分からない。
 お礼?懺悔?それとも……。
 迷う景時に、望美は一転、声色を変えて、小首を傾げた。

「景時さんこそいいんですか?……清盛公の娘だって言っても、私は養女ですよ?」

 何も知らない貴族たちなら騙せても、景時たちは無理だろう。
 望美が異世界から来た事を、将臣たちの存在ゆえに、伝承というあやふやなものではなく知っているのだから。
 何を言われているのか理解した景時は、慌てて手を大きく振った。

「そ、そんな!俺はそんなこと、気にしないよ……!」
「ふふ、そうですか?」

 望美は柔らかく笑う。

「じゃあ、私も守られなくても気にしません。一緒に頑張ってくれるなら」

 景時は絶句した。
 ―――何て強さだ。
 どこまでも優しく、それでいて、景時にも逃げを許さない。

「―――――…君って人は……」

 自分が情けなくなる。同時に、嬉しくなる。
 全部背負わなくていいと彼女は言う。
 その上で、一緒に頑張ってほしいと。
 彼女となら……できるかもしれない。
 景時はもう片方の手で望美を抱き寄せ、そのまま抱き締めた。

「大丈夫、私、結構強いんですよ?」

 景時が心配でもしたと思ったのだろう、望美が僅かに的外れなことを言う。
 景時は思わず笑った。

「はは、そんなこと心配してないよ。そんなことじゃない……」

 仄かな重み、柔らかなぬくもりに、心が満たされる。

「……そうですか?」
「うん」

 では何故、景時は抱き締めたまま動かないのだろう……?
 望美には、何か特別なことを言ったつもりはない。ずっとそうやってきたから、景時にもそう言っただけだ。
 源平両立し、手を取って歩んでいくのは難しいだろう。でも、不可能じゃない。
 ……こうやって手を、取り合えるから。

「一緒に頑張って、くれますか……?」

 望美が静かに問いかける。
 景時は望美を抱き締めたまま、静かに瞑目した。
 結婚はしないつもりだった。あるいは、命令がきたら、形だけしようと考えていた。
 それは相手を守れないからだ。
 自分は弱すぎて、これ以上、守るものは増やせないから。
 ――――でも、彼女となら。

「……養女なんて、俺は気にしないって言った訳が分かる?」

 不意に、景時が尋ねた。
 望美は抱き締められたまま、目をパチパチさせる。理由……?

「景時さんがおおらかだから……?」

 景時が苦笑する。おおらかだから?
 ……俺は、そんな人間じゃない。

「君が、好きだからだよ」
「……え?……んんっ、ンッ……」

 景時の囁きは掠れていてとても小さく、望美は一瞬聞き取れず、もう一度聞こうと顔を上げた。
 その唇は、想像以上の熱さで塞がれた。
 一度離れ、また重なる。

「んん……!んっ……!」

 唇を割ってくるのが景時の舌だと気づいて、望美は狼狽した。
 そんなことは構わない様子で景時は、ついに望美の口を割り、その中に侵入した。
 熱い舌が絡まり、逃げれば逃げるほど追いつめられるようだった。
 そうしてどれほど口付けが続いただろう。
 息が切れて、本当に苦しくなった頃、……あるいは思考も何もかも全部、甘い何かで蕩けてしまった頃に、それは終わった。
 ぼうっとなっていた望美は、慌てて景時に呼びかけようとしてそのまま抱き上げられた。

「か、景時さ……きゃあっ!」
「御張台へ、行くよ」
「……っ」

 それがどういう意味か、さすがの望美にも分かる。
 今日になるまでに何とか桜姫の心を変えようとした面々が散々吹き込んできたことだったからだ。
 逃げてはいけないという思いと緊張とで、自然に体は強張った。
 望美は今、正装している。さすがに冠は女房が外してくれたが、幾重にも重ねられた衣に裳が引いて、かなり重いはずなのに景時は軽々と進んでしまう。
 すぐに、着いてしまう。
 ……どうしていいかなんて知らない。
 それは、聞かなかった。誰にも教えてもらえなかったから。
 御張台の内側に設えられている褥に寝かされ、望美は意を決して、景時に呼びかけた。

「か……景時さん!」

 だが、景時は無言のままだ。
 呼べば応えてくれると思った優しいはずの人は、見たこともない目で望美を見つめてくる。望美は思わず泣きそうになった。
 覚悟したはずだったのに、身体が震える。
 それを見て、ようやく景時の目が優しい色に和んだ。

「ごめん、怖がらせた……?」
「はい……」

 素直な返事に、景時が微笑んだ。
 だが、その優しい微笑みは、さっきまでは確かにあった優しさ以外の色を滲ませている。
 望美は本能的に逃げたくなる。
 でも、身体が動かない。

「でも、これからきっともっと怖がらせる。君は……初めてだよね?」

 問われた内容に望美は一気に頬を紅潮させた。ばれないと思ってはいなかった。
 だが、こんなに簡単に分かるものか。
 それとも景時の察しがいいだけか。名前のときのように。

「……初めてなんだね」
「ご、ごめんなさい、何も分からなくて。でも、あのっ……」

 何を言おうとしたのか、望美にも分からなかった。
 でも、――――何だ?
 頑張る?それこそ何を。
 何か言いかけて、心底困ったように真っ赤になって黙ってしまった望美を、景時は愛おしそうに見つめる。
 これだけの美姫がまさか初めてだとは思わなかったけれど。

(戦に次ぐ戦で、そんな暇がなかったとか?)

 だとしたら、戦に感謝したいくらいだった。
 もちろん、初めてでなくても気にはしないつもりだったが……男心は単純だ。
 初々しい反応がいじらしい。
 征服欲と保護欲が同時に掻き立てられ、目眩がするほどの官能の気配に酔いそうになる。

「謝らなくていいよ。ただ、受け入れて。……君は、俺の奥方になるんでしょう…?」

 言いながら景時は、望美の腰に手をやって、腰紐を解いた。
 そうして次に中の紐を解くと、幾重にも重ねられていたはずの衣は呆気なく景時の前に陥落する。
 望美が羞恥にぎゅうっと目を瞑った。
 いじらしい仕草に、景時の嗜虐心が煽られる。景時はそのまま、袷を開いた。
 零れた胸の白さに息を呑む。

「綺麗だよ……」

 称賛とも感嘆ともつかない溜息に、望美は本当に恥ずかしくていたたまれなくなった。
 全部隠してしまいたいのに、景時の言葉が望美を縛る。

「……あっ……」
「可愛い。尖った」
「もっ…は、…やあっ……んっ……」

 景時は躊躇わなかった。
 晒された白いふくらみを、大きく揉み、頂を舐め転がした。
 望美の堪えきれなかった吐息が零れる。
 景時は、抗おうとして、それを堪えて、儚い抵抗を繰り返す望美を器用によけて、望美のことを蕩かしていく。
 白い肌にいくつもの跡を残していく。

「やっ、は、…ああっ……」

 甘い吐息、敏感な反応が景時を加速させた。
 最初は少し触れるだけのつもりが、止まらなくなりそう。
 いや、もう止められなかった。

 見惚れた少女は、あのときよりも余程色濃い面影で自分の胸の中に息づいている。
 誰にも渡せないほど―――たとえ、鎌倉からの命令でも、自分は聞けないのではないのだろうか。
 そう思って、景時はふと笑う。

(急に気が強くなったみたいだ……)

 ―――実際そうなのだろう。何も現実は変わっちゃいない。
 でも、彼女と一緒なら。
 彼女は一緒に頑張ろうと言ってくれたから。

「やっ、あっ、はああっ……!」

 逃げそうになる自分を必死に押し止め、自分の愛撫に懸命に応えてくれる。
 愛しいと思う。その強さと、優しさを。

「気持ちいい?……教えて?」

 景時は耳を弄りながら問う。
 秘所を暴く指は既に二本で、望美の身体は本当に反応がよかった。

「そ、んな、…わ、わからなっ……!」
「―――可愛い」
「っ、あ、…痛っ……!」

 うわ言を言う望美が悪い。
 景時は勝手にそう断じた。
 中に感じる熱は心地よさよりも、中毒性のある何かに溺れるようだった。
 一緒に幸せになろうと微笑んでくれた君。


「……君を守るよ、俺の精一杯で」


 景時は囁いて、望美を強く抱き締めた。
 ―――こののち長く、源平は並び立ち、京は平和の日々を紡ぐことになる。




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