望美への想いを意識してしまったら、一挙手一投足が気になって困る。
こら、望美。
そんな危険な男に無邪気に近づくな。
言いたくなるのをこらえていると、知盛が振り返り、妙に艶やかに笑った。

このヤロウ・・・・・・・

過去のアレコレを吹き込みたい気持ちになる。
傷つくかも、と思うから踏み切れないでいるけど。
自覚した恋心は思った以上に厄介で、将臣はやるせなくため息をついた。




月明かりが消えるまで




「将臣君、知盛ー!」

いつものように、望美がやってくる。
今日は潮岬に足を伸ばした。
現代でもここでも、変わらず美しい、本州の最南端。

「綺麗だね!」

微笑む望美に特に知盛は返事を返さず、将臣ははしゃぐ望美にどこか安心した。
知盛は望美が来るまで動かないし、将臣は将臣で用事をこなしつつも宿から離れない。
いつ来るか分からない望美と二人にしたくなくて、ついつい宿にいることになるのだ。
だから外に出るのは実は、望美が来た時だけである。

「こんなところにいるのかあ?」
「うーん、でも海が見たくて」

望美は軽やかに笑う。
最初の頃の緊張はもうない。
いつ殺されるか、殺すか。そうでなくても、将臣にいつ話されるか。
ずっと考えていたのに、もうそんなことは考えていなかった。

どこか、何か、生まれ始めた信頼のカタチ。

「ま、綺麗だしいいけどな」
「ふふ」

将臣が笑うと、望美も笑う。
と、知盛がぴくっと反応した。
その姿に、将臣も一瞬真顔になる。
・・・・・・・・こんな時に。

「・・・・・・・・・わりィ、ちょっと待っててくれるか?」
「? うん、いいよ」
「知盛、大人しくしてろよ!」
「フン・・・・」

ずっと何も言わなかった知盛の答えを将臣は待たない。
来た道にすぐ消えた。
軽く見送った望美は無言になる。
どうしてだろう。知盛の沈黙は気にならなかった。
嫌ならフラッと離れるだろうし、何も言わないのはいつものことだと思うからかもしれない。
だが。

「・・・・・・・俺とは話さない気か?」
「へ?」
「有川とだけ、話すなよ」

将臣が離れて数秒後。
不意に向けられた言葉に望美は驚く。
何の話だ?
将臣と望美の会話に知盛が加わらないのは、いつものことなのに。

「別にそんなつもりじゃ・・・・」
「ほう・・・・」

視線は逸らされず、妙に声が心地よく響く。
何?いったいどうしたっていうの?

知盛に真意を聞こうと思いつつ、何故だかどきどきして聞けない。
だんだん顔が熱くなる。
ゆっくりと知盛が近づいてきているのに、望美は動くことが出来ない。

「あっ、じゃあ知盛、話そう!」

苦し紛れに望美が切り出すと、知盛は面白そうに笑った。
その傲慢な顔がたまらなく魅力的で、望美は思わず魅入る。

「クッ・・・・・・話すんじゃなかったのか?」

間近に迫ったところに、僅かな笑いを含んだ囁きが落とされた。
望美がどきっとするのを見て満足そうに知盛は笑うと、音もなくもとの姿勢に戻る。
翻弄されている・・・・!
負けず嫌いな望美はぐっと息を詰めた。
負けてたまるか!

「話すよっ!」
「どうぞ・・・・・・?」

完全に楽しんでいる知盛に望美はむーっとしつつも、機会を逃すまいとしていきなり核心を突いた。

「―――源氏との戦いはやめられないの?」
「有川に話さないの、でなくか・・・・・?」
「それはいいよ。『何となく』でしょ?」
「クッ・・・・・・確かに」

知盛は哂う。
単刀直入な女だ。悪くない。
まわりくどい手は好かないし、自分の答えの予測も気に入った。

「俺が決められることと思うか・・・・?」
「あなたも決める、ことでしょ?」

かわしたセリフは両断された。
厳しい視線。いつもと違う、水晶の声音。
知盛だけの、望美。

それに魅入られたのかもしれない。
思わず言葉は転がり出た。

「・・・・俺はやめてやってもいい」

聞いた望美も、言った知盛さえも絶句した。
しかも冗談に紛らせる前に、望美が花のように笑った。

「本当!?本当に?!――ありがとう、知盛!」
「・・・・・・・・ああ」

思わず言った、言葉だった。
言った自分に呆れつつも知盛がこっそり哂う。
望美ははしゃいで見えなかったが。

「条件はあるぜ・・・・・?」
「できることにしてよね!」

後出しの言葉にも望美は引かない。
嫌な顔ひとつ見せない。
そんなに嬉しいか。
知盛はどこかイラッとした。
はしゃぐ望美の腰を素早くとらえる。

「キャ・・・・・・!」
「条件は・・・・・・―――」
「えっ・・・・・・」

嫌がらず、瞬間に紅くなった顔に知盛は満足して望美を離す。
・・・・・本当は唇のひとつも奪う気だったが。

「・・・・・・・・なんで顔赤いんだ、望美?」
「ま、将臣君っ・・・・・おかえり!」
「・・・・・オウ」

知盛の動いた気配はないが、原因は絶対にコイツだと、将臣は決め付けた。

油断も隙もない・・・・・
これだから二人には出来ないのだ。
将臣は本日二度目のため息をついた。









酒肴を楽しむ夜。
将臣は耳を疑った。
月明かりの美しい庭。
既に望美はいない。
その望美を。

「・・・・・・・なんだと」
「神子殿は了承済みだぜ・・・・?」

―――それであの赤い顔!
将臣はぎりっと奥歯を噛み締めたが、望美がいたら大声で否定しただろう。

了承なんてしていない!と。

だがここに望美はおらず、知盛は満足げに瞳を伏せて微笑むだけで、多くを語ろうとしない。

「何であいつがお前のものにならなきゃならない!」
「本人に聞いたらどうだ・・・・?」

どこまでもまっとうには答えない知盛に業を煮やした将臣は、それでもこの男の付き合い方を心得ている。
はぐらかすなら望美に聞けばいい。
このまま知盛に聞いても無駄なので、とりあえず怒りもおさめる。
よからぬことなら自分が護ればいいのだ。

「それで、何だったんだ・・・・?」

昼間、将臣が離れたのは平家の遣いが来た所為だ。
将臣は打ち沈む目を見せた。

「・・・・・・・・」
「・・・・・まあいいさ」
「悪い・・・・」

知盛にも容易に言えないほどに、厳しい内容らしい。
神子殿に平家にと・・・・・ご苦労なことだ。
知盛は内心で兄に似た表情の将臣を嗤う。

人は人。時は流れ。
すべては思うままにならぬものだ。
自分の心さえ、時として・・・・ままならないというのに。
それをあそこまで真剣に憂えてどうなるというのか。
平家よりも、時流よりも、知盛が今関心を寄せるのは・・・・望美。

(俺に、戦より興味を抱かせるか・・・・?神子殿・・・・)

知盛は月を揺らしつつ酒を呑み干した。
酒はいつになく、美味かった。