朔に頼まれて出た買い物。
予感はしていた。
どこか胸にざわつく予感。
行ってはいけないような、行きたいような。
予感がしていた。
報われない恋が、動き出す予感。
終焉へのカウントダウン
突然降り出した雨は、望美を思いもかけない相手と出会わせる。
平家誇る最強の将、平知盛。
還内府と並ぶ双璧の将。
そして、望美がついさっき、殺した相手。
「おや・・・・・・・これは、雛には稀なる・・・・」
気付かなければよかった。
気付いてくれなければよかった。
―――よかったのに。
「・・・・・・・知盛・・・・」
「・・・・・・ほう、俺の名を知る、か・・・・ただの町娘ではないな」
知盛は見知らぬ姿でそこにいた。
優雅に酷薄に微笑み、とぼける事もせず、面白そうに望美を眺める。
「お前の、名は・・・・・?」
望美は一瞬迷った。
名を告げれば、終わる。
思った瞬間、哂った。
何も始まってさえいない。
自嘲のまま、告げる。
「私は春日望美―――源氏の神子。あなたの・・・・・敵だよ」
「望美・・・・・・源氏だと?」
知盛は薄く笑った。
その笑みがやけに魅力的で、望美は目が離せない。
いつも甲冑姿の知盛はもっと狂気に満ちている。
今の知盛は、何故だろう、傍にいやすかった。
傍にいてみたかった。
「ククッ・・・・・・有川が探していた女は源氏にいたか」
道理で見つからないわけだぜ、と、知盛が呟く。
探していた、と言った将臣を思い出す。
知盛の記憶に「望美」の名が残るほど、探してくれたのだと思うと胸が熱くなった。
冷水を浴びせたのは知盛だった。
「勇猛なる剣客だという噂の、神子殿か・・・・」
そうだ、自分は将臣の探す「望美」ではきっとない。
もう数多の命を奪った、源氏の神子なのだ。
「・・・・・・・・・あなたも熊野水軍に用事?将臣君――還内府は?一緒じゃないの?」
望美の知る限り、熊野につなぎを取りにきたのは将臣だ。
知盛ではない。
知盛は目を細めた。
「あなたも、・・・・・ということは、源氏もか・・・・・」
「そうよ」
「そして有川が還内府で、ここにいることも知っている・・・・・」
「・・・・・・・・・・そうよ」
知盛の目に興味深そうな色が宿る。
その刹那、望美の背筋に何かが駆け抜けた。
思わず距離をとった望美を褒めるように、知盛が笑う。
「俺の名を知ることも、所属も、用向きさえたやすく話す・・・・お前は何を考えている?」
「別に・・・・あなたに嘘はつきたくないの。それだけよ」
「・・・・・・・ほう?」
無遠慮に眺められて、望美は思わず目を逸らす。
何だかいたたまれなかった。
何で私、この人とここにいるの―――
「クッ・・・・・・・お前は面白いな」
「失礼ね」
「・・・・・・・・クッ、怒るな」
面白いなどと言われ、喜ぶ女がいるだろうか?
ムッとして黙ると、知盛も黙った。
そっと横顔をのぞき見る。
・・・・・・実際綺麗な顔だと思う。
冷たい目も、薄い唇も、変な言い方だが、よく似合う。
知盛はおかしそうに苦笑した。
「・・・・・・穴が開きそうだな」
見ていたことを気付かれていたと知り、望美は慌てて目を逸らした。
でもまたそっと見てしまう。
横顔を、こんな風に眺めたのは初めてだった。
「・・・・・・行くぞ」
「えっ?」
歩き出した知盛に驚いて思わず足を踏み出すと、雨は上がっていた。
知盛はさっさと歩いていってしまう。
望美は意を決して追いかけた。
後ろを窺った知盛は望美が素直についてくるのを知って、再び哂った。
自分を知り、敵だと言い、それなのに剣を抜きもしない女。
それでも漲る気は確かで、知盛の血は確かに騒いだ。
殺気を察する反応も、上等。
美しい女。
彼岸の目をする女。
有川に会わせようと思った。
それはただの思い付きだったが、いい案に思えた。
有川は望美の正体を知っているだろうか?
・・・・・・・いい退屈しのぎになりそうだった。
ついていかないことも、望美には出来た。
それでもついていってしまった。
何故?
何を考えている?
そんなこと、望美自身が一番知りたい。
動き出した恋。
けれど、それはもう終焉を知っている恋だった。
