飽いてはいけない。
この世界に。
この平和に。
そう思うのに。
時々身の置き所がなくなってしまう。
それを逸らすために、今日も望美は知盛の室に向かった。
まさかあんなことになるなんて思わずに。
稲妻
「……また来たのか」
「来ていいって、言ってたじゃない」
「クッ・・・まあな・・・・・・」
知盛は望美の後ろ姿を眺めた。
相変わらずの態度。
つかめない水面の月は、触れることもさせずに、今日も我が物顔に知盛の部屋で寝ころんでいた。
「はい、知盛も食べる?」
「・・・・・いらん」
「美味しいのに」
いつのまに自分の部屋には菓子が常備されることになったのか。
知盛は呆れつつ、それをゆるしている自分になおさら呆れる。
この自分の領域を侵し、それを甘受させるもの。
そんな存在ができるとは思わなかった。
だが、それだけでは終われない。
「俺は・・・・・・他のものが食べたいぜ・・・・・?」
「他?お酒、とか?」
「クッ・・・・・似たようなものだ・・・・」
予感はあった。
寝そべる身体のラインはしなやかで、美しい。
これを花開かせれば、滴る蜜は、零れる声は、どれほど自分を酔わせてくれるだろう?
「似たような・・・・?」
望美が難しい顔をする。
知盛が腰を落とし、望美の傍に寄った。
見上げてくる可憐で―――鮮烈な翠。
「知りたいか・・・・?」
「・・・・・・・別に」
望美はふい、と顔をそらした。
ちょっと距離をとる。
「なんか、えっちな香りがする。やらしいことする気でしょ」
「クッ・・・・・・・」
知盛が低く笑った。
言葉は解せないが、まあ何となく分かる。
知盛はわざと馬鹿馬鹿しそうに続ける。
「怖い、か・・・・・・」
「何?」
「怖いから・・・・・逃げるのだろう・・・・神子殿は・・・・・?」
「・・・・・・・誰が怖いって?」
揶揄の声色に望美がキッと柳眉を逆立てた。
果敢に知盛を見つめ、ふくれる。
その幼い仕草と、相反するような強い瞳が知盛を惹くのだと、望美は知っているのだろうか。
「お前がだ・・・・」
「怖くないわよ」
取った距離を詰め直し、望美は知盛を睨み上げた。
知盛はクッともう一度笑い、望美を抱き上げる。
「きゃっ・・・・!」
抱き上げられた望美は一瞬後悔した。
悠々進む知盛の小憎たらしい微笑みが、先を予感させた。
売り言葉に買い言葉とはいえ。
駄目だ、こういうことは好きな人と――――
やっぱり降ろせ、と言いかけた望美は、しかし、言えなかった。
知盛が艶冶に笑う。
「怖くなったら・・・・・言えよ?」
「――――怖くないったら!!」
――――負けず嫌いの自分を、今日ほど後悔したことはなかった気がする。
☆
知盛は少しばかり驚いた。
2、3日顔を見せなかった少女が自室で寛いでいる。
まったく変わらない様子で。
・・・・・・・もう1日待って来なかったら、こちらから行く気だったが。
「あ、知盛」
「・・・・・・よう」
いつもと変わらない顔で少女はお菓子をつまんでいる。
つまらなさそうに、機械的にお菓子を食む。
何も変わらないように。
知盛は適当に近づいて、いつも通りの声をかけることにした。
「今日はやらぬのか・・・・・・?」
「んー、今日はいい」
まるで猫のようにきまぐれな女。
平和を愛し、平和に導いたこの場所の「平穏」に飽きている女。
剣に魅了されている、俺の同類。
それでも飽きた「平穏」を崩そうとはしない。
望美は、ここに来るのを退屈しのぎだと言った。
それなのに、手合わせを望む日は稀だ。
剣を持ちすぎることを恐れるかのように。
そして変わらない。
どうやら一度抱いたくらいでは変わらないものらしい。
もちろんそこまで期待していたわけではなかったが。
―――――上等だ。
あの日拓いた身体は想像以上の佳さで、あれから知盛は他の女を抱いていない。
望美以外への興味が完全に失せていた。
「ならば・・・・・・するか?」
艶冶に囁かれ、寝ころんだ尻を撫でられて、望美は飛び上がった。
「しっ・・・・しない!痛いもん!!!」
「クッ・・・・、もう好いかもしれないぜ・・・・・?」
実際最後の方は、甘い声を堪えきれずに零していた。
だが、望美は頑なに首を振った。
「絶対いやっ!!」
知盛は本気で嫌がっている望美が可愛く思えて仕方ない。
というか、嫌がる姿がより一層知盛をそそる。
部屋の隅に行こうとする望美の手を捕え、囁いた。
「クッ・・・・・まあそう言うなよ・・・・」
そのまま抱え上げ、ぎゃあぎゃあ騒ぐ望美をまた奥へと連れ込む。
最初は興味もなかった憂国の神子姫は、今や何にも代え難いものになっていた。
「早く・・・・・俺に堕ちろよ・・・・神子殿?」
疲れきった顔色で眠る望美に囁きかける。
戦い以外で初めて知盛に興味を抱かせた存在は、なかなか知盛の思う通りにはならない。
だがそれさえも楽しくて、知盛は甘く笑うのだ。
恋したのか、欲したのか。
この恋の行方は、まだ誰も知らない。
