予感があった。
あなたに会う予感。
あなたに会える、予感。

会えて、だからどうだというの。

そう問い続けてはいたけれど。
でも会わなければ、始まらないと、あなたは教えてくれたから。





泣かないで、笑って





「・・・・・・ほらな」

瞠目する将臣の視線の先、知盛が言った通りに、そこには一人の女人が現れた。
将臣も、知盛もよく知る存在。
望美である。

「将臣君・・・・・・」
「望美・・・・」

将臣の正体を、望美は知っていた。
けれど、このときの将臣は知らなかった。
否、認めてはいなかった。

「お前が―――源氏の神子、なのか・・・・・」
「・・・・・・うん」

望美は頷いた。
否定のしようもない。
ついに白日にさらされた―――


ここは、一番激しい戦場となった場所。
今は月明かりの、生田の森。

そんな場所にいる、「怨霊封じの神子」。
今日も現れた、源氏の戦女神。
それから望美を外すほど、将臣はおめでたくない。

「知盛と戦ったのは、やっぱりお前か・・・・」
「うん・・・・」

やけにご機嫌な顔で帰ってきた知盛を見たとき、嫌な予感はした。
当たって欲しくはなかったけれど。

「ごめんね、黙ってて・・・・・」
「いや・・・・・・俺こそだ」

落ち着いた望美の様子から、将臣は、いつからか、自分が平家に属するのだとばれていたことを察した。
望美はそれを何故追及しなかったのだろう?
いつから、知っていたのだろう・・・・?
将臣は力なく座り込んだ。

「知盛と、会う約束でも?」

動揺を紛らわすため、わざと明るく将臣は聞いた。
戦の疲れ、衝撃、裏切りへの苛立ち。
全部がごちゃ混ぜで、ちゃかしていないと潰れそうだった。

色々腑に落ちる。
何故望美が知盛のものになってまで、戦を止めたがったのかも。

(俺のことを知っていたのなら、俺のためもある、と思いたいけどな・・・・)

ないとは言わないが・・・・いや、よそう。
空回る思考は疲れの証拠だ。

答えない望美に、将臣はふと顔をあげる。
木にもたれた知盛よりも近くに、望美が来ていた。
近くなった姿は、苛立ちよりも安心感をわかせ、抱きしめたくさせる。
こんな、心と体の傷ついた夜だからこそ。

「会う約束は、してないよ。してるわけないじゃない・・・」
「そっか、そうだよな」

二人は戦場で戦っていたのだから。
これは、愚問だった。

「やけに自信たっぷりに、知盛が連れてきたからさ・・・・」

将臣は月に照らされた望美から視線を外し、力なく笑う。
望美は将臣の目の前に座り、首を傾げた。

――――よせ。

「そうなの?」
「来ると、思っていたからな・・・・・」
「・・・・・・そう」

そんな近くに座るな。
そんなに俺に、見せつけるな。

将臣の葛藤を知らず、望美は思いのままに手を伸ばした。
傷ついた空気の幼馴染。
放り出すことは、望美には出来ない。

「ごめん、将臣君、和議・・・・・・」

望美の手が、気遣わしげに将臣の頬に触れる。
優しい手が、涙で潤む瞳が、可愛い。

「お前のせいじゃ、ねえだろ」
「でも私、神子なのに。・・・・・・何も出来なかった。言い返せなかったっ・・・・・」

煽られる。
―――限界だった。

向こうの木にもたれた知盛の視線は嫌というほど感じたが、将臣はこらえられなかった。

「将臣君っ・・・・?」

望美を、思わず抱きしめていた。

望美は驚いた。
同時に、急に将臣を意識した。
知盛が見ている。
その視線が、これを幼馴染の抱擁と一線を画すことを、望美に教える。
けれど、振り解けない。








「――――いい加減にしろ」

場を壊したのは知盛だった。
苛立った様子で、自分から動きまでして、知盛は望美を将臣から引き剥がした。
自然、三人で座り込む姿勢になる。


沈黙。


吹き出したのは、望美と将臣が同時だった。

「・・・・・・何故笑う」
「いや笑うだろ、フツー」
「知、知盛、子供みたいっ・・・・」

知盛にそんなつもりはないのだろうが、まるで、夫婦の間に割り込む幼子だった。
一気に緊迫感がとけ大笑いしている二人に、ムッとしたまま知盛が望美を抱き寄せた。
その仕草に将臣が苦笑する。
望美が嫌がるなら、と思わないでもないのだが・・・・。
望美は腰を軽く抱かれたまま、文句を言う様子はない。

「・・・・・それで、どうする?神子殿」

おもむろに知盛が切り出した。
望美は笑い止む。知盛はその引き締まった顔に満足そうに、笑った。

「和議は破れた、ぜ?・・・・それでも戦を・・・・止めたいのだろう?」
「―――止めたい」

その曲がらぬ瞳に、将臣は呑まれる。
知盛はまた、微笑んだ。
望美はこうでなくては。

「その相談に、と思って・・・・な」
「来るって約束してないのに?」
「賭け、だ」

望美は知盛の流し目にハッとする。


俺を退屈させないなら――――そう、知盛は言った。
これは、その一環なのだ。

「・・・・・・そういう、こと」

意図を正確に察したらしい望美の真剣な表情に、知盛がにやり、と、酷薄に笑う。
将臣が何のことか分からず、首を傾げた。
望美は大袈裟に嘆息した。

「将臣君、この人ねえ、熊野でなんて言ったと思う?」

将臣はギクリ、とした。
戦をやめるなら―――その話題だと察したから。

望美は将臣の緊張に気付かず、知盛を睨みつけた。

「俺を退屈させないなら、戦をやめてやってもいい、そう言ったのよ?」

今回のコレもその一環?危なすぎる橋だよ。
気が向かなければ終わり?冗談じゃない。
じゃあせめて合図くらい頂戴よね―――

望美はまだ愚痴っているが、将臣の耳にそれはすり抜けた。
知盛がチッと舌打ちする。


「・・・・・お前が知盛のものになるんじゃなくて?」
「そうは聞いてないわね」「俺はそのつもりだ」


将臣の問いに、二人がほぼ同時に答えた。
食い違いに二人が睨みあう。
しかしその様子の、両軍の将軍同士らしからぬ微笑ましさに将臣はまた吹き出した。
肩の力が抜けて、将臣は二人に水をさす。

「で、まだ知盛は退屈してないんだろ?」
「・・・・まあな」

望美が言い出す内容にもよるが。
望美はちょっと考え込んだ。
そして・・・・・







「――――わかった。倶利伽羅だな」
「うん」

望美は頷いた。
知盛も特に異存はないようで、将臣はほっとした。
力が湧く。
二人が傍にいれば、また力を合わせれば、新しい未来が開けるかもしれない。
そう思えたから。


運命は変わらないのかと絶望した生田。
また少し、運命は動き始めた。