どうしたって仕方ないことだと諦めてはいるけれど・・・・その手の質問は、多い。
高校に進学して、周りのメンツがガラッと変わって、余計増えた。
そりゃあね?
将臣君はわりとカッコいいと思う。
優しいし、気さくだし、気持ちはわかってもいい。
でも、私は幼馴染で、要はイイトコ以外もいっぱい見てるの。
それは向こうだって同じで。
望美はため息混じりに逆に問いかけるしかない。
―――そんな状態でどうやって恋が生まれるの?
はじめて知る嫉妬
望美はため息をついた。
ああもう、なんでこんなところに居合わせちゃうんだろう?
入ろうとした教室では男子数人と思しき声。
話題が自分というのは入りづらい。
「お前らなぁ・・・・・・・」
呆れ声は将臣だ。
他は・・・・まだ声だけじゃわからない。誰だっけ?
「まあいいけどよ。俺は仲取り持つなんてごめんだぜ?」
「なんでだよ、いいじゃん」
「いや、だいたい、なんで望美なわけ?顔は可愛いけど、気ィ強いし、料理下手だし」
ここで望美はちょっとムッとした。
気が強い?料理下手???
そりゃそうかもだけど!
「えっ、春日さん料理下手なの?」
「おお下手なんてもんじゃないぞ、ありゃ凶器だ凶器!」
「―――ちょっと!凶器って何よ!」
「顔は可愛いって褒めたぜ?」
「顔は、って!もう!!」
思わず入ると、分かってた顔で将臣が振り向いた。
同級生何人かがいて呆気に取られているが、望美は頭に血が上っていて構えない。
「いや事実だろ。この前のなんたらスープは超絶妙に臭かったし」
「あ、あれは・・・・・っ」
「炭みたいなクッキー食べたその日、譲は寝込んでた」
「嘘!」
「ホント」
腹立ちを忘れて顔を青くした望美の頭にぽんぽん、と将臣は手を弾ませる。
ここらが潮時。
「でも翌日には復活してた。大丈夫だぜ?」
「よ・・・・よかった・・・・。・・・・・あ!」
安堵ついでに我に返った望美が周囲を見回すと、同級生らはもういない。
当然、アテられて帰ったのだ。
牽制成功。
将臣は心の中、舌を出す。
「あーん、また誤解されたー・・・・・・」
望美は半泣きで頭を抱え込んだ。
中学時代、夫婦喧嘩だなんだとほぼ公認カップルだったことを思い出す。
これから訂正の頻度は増えるだろう。
(誤解・・・・・・ね)
分かってやっている分、将臣は特に訂正しない。
だが、望美が「彼氏もほしいよ?」などと言い出したため、表立っての牽制も、しない。
俺でいいだろ、と時折冗談に紛らせてはいるけれど。
「ま、いいじゃん。どっちだっていいだろ」
「よくないよー」
実際、望美は急に可愛くなった。――綺麗になった。
振り返る男も多い。
相談された―――詮索されたのだって、もう両手では足りない。
自分も・・・・・いつまで「幼馴染」でいられるのか、分からなくなってきた。
譲が早く高校生になれば、遠慮せずにすむのだろうか。
「あー、もう、考えても仕方ないっ。帰ろ?」
「おー」
望美が呻いて立ち上がり、自分の机にかけていたバッグを手に取った。
将臣も鷹揚に笑って立ち上がる。
二人で登下校。
譲がいれば、三人で。
それ以上の人数になったことは、今のところ、ない。
いつかバランスは崩れるだろう。
崩すのは俺かもしれない。
将臣はそう思いつつ、今の距離感も大事で、一歩も結局動けずにいるのだ。
だけど、・・・・・望美?
お前が違うと否定する度、「ただの」幼馴染だと強調する度、俺の中の何かが壊れていく。
それをお前はいつ気付く?
☆
春が過ぎ、夏が来て、秋を過ごし、冬を越える。
もう一度春が来て、譲が当たり前のように同じ高校に入学して。
俺も望美も相変わらず。
二人でいたり、三人でいたり。
ずっとそう、変わらずにいたけれど。
「・・・・・・・もう戻るの?」
「俺も暇じゃないんで」
「ふふ、また来てね?」
「仮病を使って?」
ふふ、とどこか可憐な笑みで保険医が笑う。
誘って誘われて。
時折、訪れる部屋。
秋の日差しは少し冷たさを含んで、火照った肌を冷やした。
「最初」がどちらからだったかは、分からない。
奇妙な時期に赴任してきた可憐な保険医。
少し儚げで、鷹揚で、美人。
男女問わず人気の出た彼女。
伸ばされた手が望美と重なる。
唇は、蜂蜜のように甘かった。
「お、望美」
「・・・・・将臣君」
襟を直しつつ保健室を出ると、望美がいた。
どこか怒っている風に。
どこか傷ついた顔で。
「帰るか?」
問いかけた俺は、いつもの顔が出来ただろうか?
優しい顔が。
少し、自信がない。
「・・・・・・先生と、付き合ってるの?」
「はあ?どうして?」
「だ、だって、・・・・・その」
少し赤らめた頬。
逸らされた視線。
可愛いな、素直にそう思う。
可愛いな。
聞いてたのか。
聞こえたのか。
それで、じっと、俺を待って?
「何?」
「・・・・・・っ、知らない!」
涙の滲んだ顔がたまらなく可愛い。
でも望美、その涙は、何故?
問えず、問わず、ただ走り去る望美を俺は見つめていた。
どこか胸に、喪失と充足をないまぜにして。
保健室から聞こえた声に、絶句した。
可愛くて優しい先生の声。
でもいつもと違う声。
その声が、「将臣」とはっきり呼んでいる。
鍵のかかった部屋。
出てきたのはやっぱり、将臣君で。
何故か傷ついた。
何故か腹立たしかった。
『何?』
―――そう言った時の完璧な笑顔。
嘘も隠し事も微塵もないような。
騙された気がした。
ずるいと思った。
嫌だと思った。
「・・・・・・どうしてぇっ?」
どうしてこんなに悲しいのか、涙が出るのか分からない。
分からなかった。
将臣君が誰かと付き合ったって、いいはずなのに。
私たちは、変わらないのに。
「・・・・・・・春日?どうしたの?泣いてるの?」
「・・・・・・鈴木君・・・・・」
教室まで戻ってしゃがんで泣いていると、背後から声がした。
それは期待した声とは違って、また新しい涙が流れる。
「何かあったの?大丈夫・・・・?」
「へいき・・・・ごめんね、驚かせて」
「・・・・・・・将臣のこと?」
思わず硬直した望美に、彼は事態を把握したようだった。
「あいつ言ってなかったの?先輩のこと。あーもう・・・・」
「待って。・・・・・先輩?」
保健の先生じゃなく、て?
言葉には出来ない望美の顔に浮かぶ疑問に、彼はすんなりうなづいた。
「俺、サッカー部なんだ。そこの、マネージャーと付き合い始めたみたいで・・・・・、か、春日?」
また泣き出した望美に少年は正しくうろたえる。
望美は望美で、涙を止めることも考えられない。
昔は、何一つ隠し事もなかったのに。
将臣が知らないうちに変わっていて。
それが悲しいのか。
それとも、誰かに取られたようで、嫌なのか。
そもそも隠し事が嫌なのか。
・・・・・・きっと全部だろう。
でも、譲が同じようでも、こんなに胸は痛まない気がした。
それは、何故?
しかしそこで望美の思考は止まる。
「・・・・・・・・す、ずきくん?」
「ご、ごめん、春日!」
キス?
キスされたの?
びっくりして涙も思考も止まる。
「・・・・・す、好きなんだ、春日。入学の頃から・・・・付き合ってくれないか?」
望美はぼんやりと、入学の少しあと、将臣と話していた中に彼がいたことを思い出す。
真剣な眼差し。
ぎゅっと抱き締められて感じる暖かさに、心が和んだ。
望美は抱き締められながら、また少し、泣いた。
「・・・・・・鈴木君とつきあうことになったの」
「へえ!よかったじゃん」
あいついい奴だぜ?
そう言い笑う将臣には屈託がない。
譲は絶句し、指を切った。
望美は胸が何故か痛んで、苦笑するように笑った。
将臣に、止めて欲しかった。