敦盛はふうっとため息をついた。
胸に、朔の残した爆弾。
―――――望美はどうするのかしら
和議。
待ち望んだはずだった。
討たねばならないと思っていた―――決めていたはずだったが、やはり一族の存続を思うと心に優しい何かが灯る。
それを可能にしてくれたのは、ひとえに神子が動いてくれたからだ。
(だから神子は、願いのままに還らなければ)
不思議なことに、そう思うほどに胸は締め付けられた。
還るべきだ。
そう思うのに、胸が疼く。
――――何も、期待するべきではない。いや期待?でも……
神子を思うと心が暖かくなる。
そして、少し切なくなる。
(私は怨霊。穢れた存在だ)
(神子の傍にいられるのは、きっと、戦時中だけ)
それが正しいと思うのに、敦盛の胸は痛むのだ。
ただひたすら、神子への思慕によって。
あの、春の夜、庇われた熱がいまだに、疼く。
あのときは誰とも知らなかった。
誰とも名乗らなかったのに。
ふと、敦盛は笛を取りだした。
心に渦巻く様々な波を調べに乗せることで落ち着く気がした。
(………違うな)
ただ吹きたいのだ。
あのひとへの想いを調べに乗せたい。
ただ、それだけ。
望美はふと足を止めた。
笛の音が聞こえる。
これは、敦盛さん。
遠く高く、澄んだ哀しさで、笛は響く。
歌う。
望美はふと気を惹かれた。
早く、宴の延期を言わなければいけないのに。
(言わなければ)
理性と。
(聞きたい)
本能の交錯。
「………神子」
「やだ。まだ、聞かせて下さい」
気づけば敦盛の近くに来ていて、望美は無意識に笛をねだった。
「さっきのを……?」
「はい。すごく、好き……」
望美の無防備な囁きに、敦盛は頬が紅潮するのを感じた。
望美は曲のことを言ったのだ。
自分のことではないのに。
「あ、あなたが望むならば……」
敦盛はしばらく震える指を叱咤して、なんとか笛を奏でた。
とりあえず音を外さず済んだ。
そう思ったとき、敦盛は望美のきらきらした目とかち合った。
「いいなあ。私も吹きたいなあ。敦盛さん、教えてもらっちゃ駄目ですか?」
「……ふ、笛を私が?」
「はい、駄目?」
これからは時間もありそうだし、と望美が言った。
敦盛はうろたえる。
神子は自分の時空に還るのでは。
いや、そもそも、私はここに長々といるわけには――――
敦盛はそう言おうとした。
だが、口から出た言葉は。
「―――あなたが言うのなら……」
吐息のようなそれを否定する前に、望美が花のように微笑んだ。
敦盛は息を詰める。
可憐で愛らしく、清冽で澱みない。
笑顔に縛らられ、敦盛はその後望美が宴の延期を告げるも、こくこくと人形のように頷くだけで、ろくに何事も返せはしなかった。
望美は敦盛の反応を不思議に思ったものの、リズヴァーンにも言わなければならないので、腰を浮かした。
元気に駆け出していく。
敦盛はその場にじっとしてしまっていた。
望美の残り香が、ふと香る。
怨霊を封じる神子。
愛した少女―――――
『教えてもらっちゃ駄目ですか?』
可憐な微笑みがよみがえり、敦盛は哀しみとも嬉しさともつかない気持ちを抱き締めた。
和議の後、望美が還るのはかまわない。
きっと正しい。
今もそう思う。
だけど。
願ってみてもいいのだろうか。
その前に一言だけと―――――
「神子……私は―――――」
呟きは儚く、空に消えた。