Side 景時






 景時は困っていた。
 困った時は銃の手入れをするに限る。
 単純作業は心を落ち着かせ、集中していれば心の波立ちもいずれおさまる。

 なのに、おさまらない。

(ああああどうしよう〜〜〜)

 景時はその場でくるくる踊りだしたくなった。
 意地でこらえたが、いっそその方が精神衛生上よいかもしれない。
 景時はため息をついて、もう1度銃をばらし始めた。

 事の発端は朔のため息から。
 明らかな自分への期待と、期待の無さから。

(朔はやっぱり頑張ってほしいんだよね)
(でも俺じゃ駄目だろうとも思ってて、でも期待してなかったら見ないだろうし)
(……でもすぐ目、逸らしてたけど……)
(でもでも期待されたのは確かなんだし!)
(でもそれって単に望美ちゃんが妹になればいいなとかそういう……)

 景時の思考はループする。
 出口のないままぐるぐると。

 目に入れても痛くないほど愛してる妹に期待されたというなら応えたいし、叶えたい。
 一時は笑うことも忘れていた妹を思うと、もう何だってしてやりたい。
 だが、景時は還るために必死に頑張っていた望美の姿をよく見ている。

 傷ついて、怪我をして、それでも笑ってずっと傍にいてくれた彼女。
 和議の発端となった望美の告白は、八葉に衝撃を与え、だが、景時の腑には落ちたのだ。
 あの微笑みは、やはり傷も悲しみも乗り越えたからこそだったのだと。

(……やっぱり、還さなきゃだよ……朔)

 あの優しい微笑みを思う。
 誰かを傷つけることが嫌な景時に、望美の隣はとても居心地がいいだろうけど。
 こんなにも頑張ってくれた彼女を縛るなんて、やっぱり駄目だ……


 そこまで思った時だった。


「景時さんっ!」
「はいいっ!」

 他ならぬ望美の声がして、景時は思いっきり跳びあがって返事をした。
 声もかなり跳ね上がってしまった。
 望美が驚いた顔で立ち竦んでいる。

 景時は誤魔化すようにたはは、と頭をかいた。

「あ、な、何かな〜?」
「え、えっと……お使いの人が、お迎えに来ましたって……」
「……ああ」

 景時の表情が重く沈んだ。
 大丈夫だとは思うけど、気は抜けきれない。
 一瞬の瞑目で、景時は頭を切り替えた。

(……こんなことならすぐにできるのにね)

 自嘲する。
 それは心の中だけで、景時はへらり、と望美に笑いかけた。

「ありがとう〜。夜までには必ず帰ってくるからね?」
「……あ、そのことなんですけど……」

 宴を指すだろう景時の言葉に気がついて、望美が少し困ったように微笑んだ。
 宴会を和議の後にする旨を言いに来る途中、使いの者と行きあったらしい。

「……そうなんだ。うん、わかった。和議の後ね!」
「はい!」

 景時がわざと明るく応えると、望美もつられたように大輪の花のように笑った。
 その微笑みが嬉しくなる。
 ふと、思いついたように望美が言った。

「そういえば景時さんは、和議の後どうするんですか?」
「へ?」
「ほら……京と鎌倉と、お邸二つ持ってるから……」
「ああ……」

 鎌倉の邸に連れていった記憶は景時にはないが、きっと行ったことがあるのだろう。
 幾度も遡ったという時空の中で。

 ……その傷を、不憫に思う。
 どうして一度目のとき、もっとうまく護れなかったんだろう。

「……俺は、まだ分からないかな。鎌倉殿次第」
「そ、うですか……」


 鎌倉殿、と言った時、望美の瞳が揺れた。
 まるで心配するみたいに。
 それは微笑まれたときと同じくらい嬉しく、景時の心を揺らした。
 だからその言葉はほぼ無意識だった。

「君は、どうするの」
「えっ?」


 ―――か、還るにきまってるじゃないかーっ!


 景時は心の中で転げ回った。何聞いてる俺!

「い、いやほらあのさ、還るにしてもすぐだと朔が寂しがるかなとか、そういうこと思っちゃって!」

 景時は必死にフォローの言葉を探した。
 よもやまさか、引き留めたりなんてできないししちゃいけない。
 もう道化でいい。
 何やってるんですかと笑われるくらいで!
 景時は大仰に手を大きく振り回しながら望美を笑わせようとおどけて言った。
 そして。

「ほ、ほら俺朔の事が可愛くて仕方ないから………、え?ご、ごめん、何て言った?」

 望美が何か言ったのを必死すぎて聞き逃した。
 景時は小さく身を縮めて、望美の近くに寄る。
 望美がむくれたように、口を尖らせた。

「……寂しいのは朔だけ?景時さんは?って聞いたんです」

 景時は一瞬目を大きくした。思考が止まる。

「えっ、ええええっ、そ、そりゃ俺も寂しいよ!嫌だよ!ずっと、その、仲間だったもん!!」
「ホントに?」
「ホントにホント!……本当だよ?」

 一瞬の思考停止の後、景時は必死にまくしたてた。
 当たり前だ。
 当たり前のことに、今気づいた。

 朔が、というのも本当だけど、それを抜きにしても傍にいて欲しい自分に。
 仲間という言葉で濁してしまったけれど。

 言いなおそうか葛藤している間に、望美は立ち直ったものらしく、またにこっと笑った。

「よかった!あ、私先生たちに知らせてこなきゃ!景時さん、気をつけて行ってきてくださいね〜」

 言うなり、本当に風のように望美は走っていってしまった。
 止められなかったのは、またも景時が思考停止してしまっていたからだ。


(よかった、よかったよかった……)


 言葉が延々ループする。
 だけど今回は、それを止める気にもならなかった。
 どんな意味であっても幸せすぎる。




「……景時、変なキノコでも食べたのか?」
「うん?うん、そんな感じ〜」
「……兄上に会うまでには直せよ」

 同乗する牛車に揺られながら九郎に怪訝な顔をされるほど、俺の頬は緩みっぱなしだった。
 切り替えようにもなかなかできない。
 さっきは一瞬でできたのに。



 ―――さあ、和議を成してみようか。
 他ならぬ君のために。

 景時のはれやかな笑顔を、九郎は遠巻きに見つめていた。




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