Side 弁慶






 ゴリゴリゴリ……


 弁慶は薬草を無心で磨り潰していた。
 いや、有心で。

(和議が成ったら………)

 彼女は……。

(還るに決まってる。そのために彼女は源氏軍に)

 そこまで考えて、少し止まる。
 ……そうだろうか?

 源氏軍に誘ったのは弁慶。
 その記憶は今も鮮明だ。
 だが。

 望美の話が本当なら、何度も行く道のうち、源氏軍に従軍するのは望美の意志ということに―――

(いや……それでも僕が、最初に誘ったのは確かですね)

 ならば、やはり、僕が君の哀しみの端緒だ。
 そうでなかったとしても、君は、僕が龍脈を絶たなければ――――

 ゴリゴリゴリ……

 手を止められなくて、弁慶は続けた。
 無機質な音が続く。
 堂々巡りの、出口のない物思い。


「……弁慶さん、それお茶?」


 不意にかけられた声に弁慶は驚いて手を止めた。
 望美は難しい顔で、弁慶の手元を覗きこんでいる。

 たまに望美も弁慶の薬の仕分けや手作業を手伝うこともある。
 だけど、こんなになるまで磨り潰せと言われたことはなかったような……?

「いえ……薬ですが」
「磨り潰しちゃいけないんじゃないの?」
「……保存が難しいですから」

 何故ここに?
 弁慶は唐突な望美の登場に、柄にもなく硬直してしまった。
 かまわず望美は覗きこんでいる。

「お茶みたいですね」
「そうですね……」

 君の事を考えて、やりすぎてしまいました。
 そう、言えばいいのに、口が回らない。
 からから喉が渇く。
 一瞬どこにいるのか、自分の所在も分からなくなる。

「お茶しましょっか!」

 不意に望美が言った。

 それは弁慶の硬直を思い遣ってのことか、単に思いついただけか、弁慶には分からない。
 でも。

「―――そうですね」

 それの方がずっと、建設的な気がした。
 ぐるぐると考えるより、罪を、始まりに対する罰を考えるより、余程。


 君といる時間を大切にする方がきっといい。


「とっておきのお菓子も出してさしあげますよ」
「わあ!」
「宴会の準備はいいんですか?」

 ここで、望美の表情が少し曇った。
 不思議な色の瞳。

「……うん、和議の後にします」

 弁慶はあえて追及しないことにした。
 何故かは何となくわかる。
 弁慶もまた、用事があってそれがいつまでかかるか分からなかったから。
 きっと他の者も、用事がそれぞれあるだろう。

 果たして望美は、誰のために楽しみにしていた宴を延期したのだろう?

 少し考えたけれど、それを全部振り払った。
 それより君の傍に、いたい。
 和議の後も君がいるなら、君に、言えるかもしれないから。

「そうですか。うん、それがいいと思いますよ」
「そう……ですよね?」
「はい、そっちの方が気兼ねがないです」
「そうですよね!」

 望美は明るく微笑んだ。
 弁慶もまた微笑む。
 鬱々とした気分は全部晴れていた。


 弁慶は機嫌のいいまま出かけることになる。
 対面した清盛に難しい顔をされたのは、このもう少し後。




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