用意が出来たという報せを受けて、将臣は京邸を後にしていた。
あそこでちくちく苛められるのはごめんだ。
和議がなる、と信じている朔にとって、きっと今一番の敵は自分たち、現代組だろう。
何せ望美を連れ帰る可能性が一番高い。
(………だけどなあ)
正直、将臣は帰還を迷っていた。
和議がなっても、平家はまだまだ不安要素が大きい。
それを放って、還れるだろうか……?
物憂げに視線を落とす。
そのとき。
「将臣君っ」
元気な声がした。
もちろん、望美。
何も知らない爛漫な笑顔に、そっと将臣は落とすように微笑んだ。
「よう」
「あれ、どうしたの?元気ない?」
「……まあ、色々な」
濁した将臣に、望美は少し俯いた。
(……そうか、平家のこととか……)
よく考えたら、自分はひどく無神経なことを言おうとしているのかもしれない。
言い出そうとしていたことを、望美は少し迷った。
将臣は急に萎れた望美に驚く。
「おい?どうした?」
「あ……うん、和議、なるといいね」
「バーカ、そのためにお前、色々頑張ってくれたんだろ。なるよ、大丈夫だ」
「……うん!」
昔から、だ。
昔から、将臣の「大丈夫だ」を聞くと、本当に大丈夫な気がしてくる。
ちゃんと力が湧いて、望美はぐんっと腕を伸ばした。
(うん、後でもいいよね!)
望美は、八葉たちや朔・白龍に呼びかけて和議前夜に宴でも、と考えていた。
理由は、和議がなるか、自信がないから。
ならないなら、自分はまた跳ばなければならないから。
この時空の……自分の荒唐無稽な話を信じて動いてくれたみんなと、過ごしたかった。
でも前日は、たとえば将臣は平家の人達と相談することがあるだろう。
―――割り込んではいけない。
何か決意した様子の望美を、将臣は止める言葉を持たない。
分からないなりに、元気になった望美に微笑んだ。
「何か用があったんじゃないのか?」
「うん、でも……いいの!また明日ね、将臣君!」
「ああ」
また明日。
和議をなせるか分からなかった頃は、本当は、離れることが怖かった。
失いたくなかった。
今は、……信じられる。
それが嬉しくて、将臣はぐんっと背伸びする。
「望美ー!」
将臣は向こうに走り去りかけていた望美の背に声をかける。
「愛してるぜ!」
振り返った望美は一瞬きょとんとし、一気に赤くなった。
「な、ななな何言ってるの、将臣君っ!馬鹿馬鹿バーカ!!」
そこまでが限界だったのだろう。
望美は耳まで赤くして、走り去ってしまった。
将臣は淡く笑う。
和議がなったら、今度こそ本当に踏み込んでやろうか―――
「さあて、ヤバイ奴らに釘でも刺すかね〜」
言葉より嬉しそうに、コキコキ肩を鳴らしながら、将臣は歩き始めた。