拍手 2010夏?





前哨戦は緩やかに







 それは明日和議が結ばれようという日の午後。
 朔は静かに呟いた。
 それはとても物憂げに。

「……結局望美はどうするのかしら……」

 邸にいた全員――望美は除く――が残っている部屋は一気に緊張した。
 熊野にいたヒノエしかり。
 九郎と話し込んでいた弁慶しかり。
 今後のことを話し合っていた有川兄弟、敦盛も例外ではない。
 リズヴァーンは木彫りの手を止めたし、景時に至っては、朔のさりげない視線を受けて硬直している。
 九郎が呆れたように言った。

「それは、元の世界に帰るだろう」

 そのために望美がしてきた苦労は間近で見てきたのだから、これは当然の意見。
 朔はこれ見よがしに嘆息した。

「……寂しいわ」
「朔……朔は寂しいの?私も寂しいよ?」
「ええ、一緒ね白龍……」

 朔は小さな白龍にするように、大きな白龍を撫で撫でした。
 景時がブリキのようなぎこちなさで振り返る。

「え、ええと……朔?」
「別に何をしろとは申しておりません。ただ……」

 朔が不自然に切った言葉の先を誰もが待った。
 首を傾げるのは九郎くらいだ。
 この場の誰もが知っていた。
 この少女の、確固たる決定権を。

「望美がいなくなるのは寂しいわって、それだけですわ。ねえ、将臣殿?」

 言外に連れて帰るなと刷いてみる。
 残ろうか、迷っていた将臣はたははと笑った。
 怒ったのは譲である。

「先輩は帰ります!こんなところに置いておけると思ってるんですか!」

 こんなところとは、何も戦続きの事を指していない。

「こんなところとは御挨拶ですね」
「まったくだぜ。ここもいいところだぜ?」

 朱雀コンビが晴れやかに笑う。
 譲は将臣を離れ、二人を叱りつけにいった。
 こんなところの最たる二人に教育的指導を与えるために。
 朔はそれを横目に所在無げにしている玄武の二人に目を移す。
 兄に頑張ってもらえば是非もないが、この二人でも構わない。
 京邸に暮らしてもらうなりなんなり…たとえばヒノエや譲より、確実に傍にいられて、望美も幸せにしてくれそうだ。
 リズヴァーンは無言で木彫りを再開し、敦盛は部屋を移動しようとしている。
 一番期待の景時は…ありもしない皺を伸ばし続けて朔に背を向けたままだ。
 朔はふうとため息をついた。

「明日が和議ね……」

 もう一度、望美はどうするのかしら、と呟いた。
 室内の妙な空気を放置して、朔は白龍と一緒に部屋を辞する。



(ああああれは朔は俺に期待してるんだよね…?)
(フン…姫君の帰還なんて、ゆるすつもりがあったらオレは今わざわざここにいないぜ)
(……問題ない。もんだ……)
(何故こんな空気が重いんだ?なんかモヤモヤしてきたぞ?)
(先輩は帰さないと!あっ、でも先輩が残るなら俺は何処だって……!)
(……とはいえ応龍も復活がまだで、動くに動けないといいますか、ねえ…。それでも癪には触りますかね……)
(神子は帰る…べきだ。でももしその前に…神子…)
(……朔も爆弾残すよなあ…。残る、ね……)






 夜は更ける。
 やわらかに―――しめやかに。
 この時何も知らないのは、望美一人、だった。



Side 将臣