それは明日和議が結ばれようという日の午後。
朔は静かに呟いた。
それはとても物憂げに。
「……結局望美はどうするのかしら……」
邸にいた全員――望美は除く――が残っている部屋は一気に緊張した。
熊野にいたヒノエしかり。
九郎と話し込んでいた弁慶しかり。
今後のことを話し合っていた有川兄弟、敦盛も例外ではない。
リズヴァーンは木彫りの手を止めたし、景時に至っては、朔のさりげない視線を受けて硬直している。
九郎が呆れたように言った。
「それは、元の世界に帰るだろう」
そのために望美がしてきた苦労は間近で見てきたのだから、これは当然の意見。
朔はこれ見よがしに嘆息した。
「……寂しいわ」
「朔……朔は寂しいの?私も寂しいよ?」
「ええ、一緒ね白龍……」
朔は小さな白龍にするように、大きな白龍を撫で撫でした。
景時がブリキのようなぎこちなさで振り返る。
「え、ええと……朔?」
「別に何をしろとは申しておりません。ただ……」
朔が不自然に切った言葉の先を誰もが待った。
首を傾げるのは九郎くらいだ。
この場の誰もが知っていた。
この少女の、確固たる決定権を。
「望美がいなくなるのは寂しいわって、それだけですわ。ねえ、将臣殿?」
言外に連れて帰るなと刷いてみる。
残ろうか、迷っていた将臣はたははと笑った。
怒ったのは譲である。
「先輩は帰ります!こんなところに置いておけると思ってるんですか!」
こんなところとは、何も戦続きの事を指していない。
「こんなところとは御挨拶ですね」
「まったくだぜ。ここもいいところだぜ?」
朱雀コンビが晴れやかに笑う。
譲は将臣を離れ、二人を叱りつけにいった。
こんなところの最たる二人に教育的指導を与えるために。
朔はそれを横目に所在無げにしている玄武の二人に目を移す。
兄に頑張ってもらえば是非もないが、この二人でも構わない。
京邸に暮らしてもらうなりなんなり…たとえばヒノエや譲より、確実に傍にいられて、望美も幸せにしてくれそうだ。
リズヴァーンは無言で木彫りを再開し、敦盛は部屋を移動しようとしている。
一番期待の景時は…ありもしない皺を伸ばし続けて朔に背を向けたままだ。
朔はふうとため息をついた。
「明日が和議ね……」
もう一度、望美はどうするのかしら、と呟いた。
室内の妙な空気を放置して、朔は白龍と一緒に部屋を辞する。
(ああああれは朔は俺に期待してるんだよね…?)
(フン…姫君の帰還なんて、ゆるすつもりがあったらオレは今わざわざここにいないぜ)
(……問題ない。もんだ……)
(何故こんな空気が重いんだ?なんかモヤモヤしてきたぞ?)
(先輩は帰さないと!あっ、でも先輩が残るなら俺は何処だって……!)
(……とはいえ応龍も復活がまだで、動くに動けないといいますか、ねえ…。それでも癪には触りますかね……)
(神子は帰る…べきだ。でももしその前に…神子…)
(……朔も爆弾残すよなあ…。残る、ね……)
夜は更ける。
やわらかに―――しめやかに。
この時何も知らないのは、望美一人、だった。