雪がまだちらつくものの、梅の花香り、時折春の空気も感じられるようになってきた如月。
望美は一心に何かを作っていた。
何か――――何であるのかは、柱の陰から作成を見守る京邸の者たちにはわからなかった。
ここが厨所である以上、食べ物だろう……という以上は。
如月も半ばを過ぎた頃。
現代では2月は真冬だが、京ではもう春なのだ。
だから、厳密に言うと、望美が臨もうとしている日付からは若干ずれているかもしれない。
だが、まあそのあたりには、望美は目を瞑ることにしていた。
要は、黒ければいいのだ。
黒くて、あの男は味覚がおかしいから苦くて、それっぽければ。
たぶん、これで、いいはずなのだ!
「よしっ!!」
できあがったブツを片手に、望美はガッツポーズした。
目も当てられないような厨所の惨状に、何人かは空を仰いだ。
いざ、今日は―――バレンタインデーである!!
ビター・スウィート
今日も今日とてやってきた源氏の神子を相手に、知盛はムッと眉を顰めた。
「何だ、これは……?」
見たことがないブツである。
ついでにいえば、聞いたこともない。お目にかかりたくもない。
それを突き出されて、安易に手が伸ばせようはずもない。
なのに、望美はさらりと言うのだ。
「何でもいいでしょ。さ、食べて」
「……………………」
食べ物なのか、これは…。
それが一番初めの感想だと言ったら、きっと望美は怒り出すだろう。
剣でも持ち出してくれれば知盛の思うつぼだが、きっとそうはなるまい。
これでただ拗ねまくりに拗ねられれば、面倒なことになる。
何せ、知盛は女の慰め方など知らないのだから。
一方、差し出した菓子を見つめたまま、まんじりもしない知盛にしびれを切らし、望美がむくれた。
「もう、早く食べてよ。今日はこういうのを食べる日なの!!」
望美は頑として譲らない。
向こうの風習だろうか。
考えた末に、一応知盛は確かめることにした。
「……暗殺の日ということか?」
「なっ……ち、違うわよ!!」
何処をどう見たらそうなるのか!
相変わらず奇怪な男である。
………そんな男を好きな自分ももっと奇怪だが。
(でも、仕方ないよね。好きなものは好きなんだもの)
時空を廻って追いかけた恋。
何故好きなのか、自分でもちっとも分からないが。
望美はもう破れかぶれの気持ちで、投げ出したい思いのままに言った。
「これは、……す、好きな人に贈るものなの!食べるのか食べないのかはっきりしてっ!!」
知盛が目を丸くする。
ああもう、こっち見ないで!
望美の心の叫びが聞こえたのかもしれない。
知盛は望美の突き出したお菓子に目を遣ると、おもむろにそれを掴んだ。
そして一息に口に運ぶ。
―――――――ごくんっ☆
(………まずい……なんだ、これは……?)
知盛は眉根を盛大に顰めた。
辛いというか、苦いというか、率直にただまずいというか。
とにかく、あまり嬉しくない代物だった。
本当にこれが好意の表現されたものなのか、聞きたくなってしまうほど。
だが。
目の前で、こちらをじっと見つめている女の様子は―――悪くない。
「ど、どうなのよ、それ……」
望美はドキドキしながら答えを待った。
知盛はなかなか何も言ってくれない。
だが、無言でもう一度手が伸びてきたと思えば、それはお菓子ではなく望美の腕を掴んだ。
「まずい。……口直し、させろ」
「へっ……」
あっさり身体は浚われてしまう。
予想外の展開についていけずに抵抗を忘れてしまうのは、望美も普通の人と同じである。
は、と気づいた時には、どこかの部屋の褥に転がされていた。
しゅるり、陣羽織の紐が解かれる。
「なっ、ちょ、ちょっと待ってよ、知盛!」
暴れる望美の言う事など知盛は聞かない。
恐ろしい手際の良さで、望美の身体は瞬く間に露わになっていこうとしている。
降ってくる唇の優しさに、錯覚しそうになる。
「な、ン、待っ……て……!」
「待たぬ」
ようやく口を開いた男は、にやりと傲岸に笑った。
「こちらは美味しそうだな……安心したぜ」
「はぁっ!?…ンッ……!!」
あらわになった胸の先、赤い果実を啄まれ、望美は思わず背を反らした。
その隙に知盛の手が望美の背に回り、卑猥に背筋を辿る。
「ふ、ぁっ……!」
「甘い声だ……いいぜ、神子殿……」
一層差し出すようになった果実を、知盛が執拗に責めだす。
望美は声を押し殺すこともできない。
望美は一気に襲いかかる快楽に翻弄されるまま、うまくこの場を切り抜けることができないでいた。
どうしたらいいのか、わからない。
このまま流されてしまえばいいのか。
そうすればこの恋は叶うのか?
知盛の唇が薄い腹を辿る。
もうそこまで脱がされてる。
「……もっと啼けよ……」
指が、最後通牒のようにショーツ越しに秘裂をなぞった。
びくん、と身体がまた揺れる。
―――無自覚に、欲しがってしまう。
「あ、ンッ……あっ……そこ、だめぇっ……」
「ここか……?」
「アッ!だ、だめっ!駄目だったらっ……!!」
望美の弱点を見つけた知盛は、そこを執拗に弄ってくる。
しかもそれ以外も探し続けてくるから、望美はたまったものではない。
思考は果てに追い遣られ、すべては知盛で覆い尽くされそうになっていた。
かかる息さえ心地いい。
怖い。
ふわふわする―――流されてしまいたい。
思いは無尽に交錯する。
知盛がいる。傍に。
想いはまだ伝えきれていない。
――――なにも、聞いて、ない。
「だ、めっ……!!」
浮かされる以外の声で知盛を制止できたのは、奇跡のようなものに違いない。
それで知盛が止まってくれたのも。
「……何故だ?」
好きだと言ったくせに。
あんなにも心地よさそうにしておきながら。
いくらでも言えるはずなのに、あるいはこのまま興ざめしてもよかったのに、何故かどちらも知盛には出来なかった。
心の底の熾火が知盛を焦れさせる。
それが何なのか、気づいていながらまだ、あらわにしたくない。
この激情を。
望美は自分の身体を抱き締めながら、自分に言い聞かせるように言った。
「こ、こういうのは順番がいるのっ…今日は、チョコを受け取ってくれたら、それでいいの……!」
「順番、ね…」
流されて手に入れたい恋ではないのだ。
もっと、ちゃんと、――――傍にいたい。
これは望美側の理由であって、もちろん知盛にそんなものを守る義理はない。
ないのだが―――
どうしてだか、このとき、知盛はひいてやる気になった。
望美の腕からちらちら見える果実は今も自分を強く誘うものの―――
簡単に手に入れてはつまらない。
何せ、極上の獲物なのだ。
またとないほどの。
「ほらよ……」
ばさり、と陣羽織を投げて寄越してやる。
「………知盛?」
怒ってしまったのか、と顔を上げた望美の視線の先、意外にも知盛は上機嫌に笑っていた。
「順番、なんだろう……?」
「う―――うん!」
なんだ、話せばわかる男ではないか―――と、無防備に思ってしまった望美はいかにも甘かった。
立ち上がった望美の尻を、知盛が明確な手つきで撫でたのだ。
「ぎゃっ…」
しかもよく見れば、陣羽織は返してくれても上衣は奪われたままである。
これ見よがしにひらひらされて、望美は一気に顔を怒りで赤面させた。
「か、返してよ、それっ!!」
「要求の多い女だな……自力で取りにこい……」
「―――っ、言われなくてもっ!!!」
望美は基本、勝ち気である。
そして結構、無鉄砲。
裸の上半身に陣羽織だけ着付け、知盛に真向かった。
戦闘態勢。
――――しかし、その格好が、知盛を更にその気にさせた。
「えいっ、くっ…すばしっこい……!!」
「ク、脇が甘いぜ……」
「ちょ、ぎゃあっ!!どこ触ってんのよ……!!!」
「お前の格好が悪い…」
「はあっ?!」
ドタバタ騒ぎはなかなか終わらなかった。
セクハラまがいの追っかけっこは、この後、日没まで続いたという……。
着替える間にセクハラ三昧を受けた望美は、すっかり立腹していた。
こんな男、ちょっとでも見直したのが間違いだった!
「クッ……また持って来いよ」
「も、もう来ないわよ!」
――――このとき、知盛は当然、望美そのもののことを指して言ったのだが……。
望美にそんなことが通じたら、この恋はもっと早くに叶っている。
これからしばらく、知盛は毎日届けられるチョコもどきに苦しめられるようになるのだが、これは自業自得といえなくもない。
ともあれ―――
二人の攻防はこれからも続き、想いが通じ合い、身体を本当に合わせることができるのは随分先の話になる。
