育ってきた環境が違うから、色んな事がすれ違う。
食い違う。
それさえも楽しくて、幸せになる。
キミと出会えて、人生はどんなにか変わってしまったのだろうか。
勿論いい意味で、さ。
君の知らないことばかり
それは師走の中頃、久しぶりに午後からオフになった日のことだった。
「え、大掃除?」
「はい、そろそろ少しずつ…と思っていまして」
そういえばそんな時期か―――
といっても、神宮寺の家にいた頃は家事なんてしたこともなかったし、ジョージに仕込まれたのは別のものだしね。
実際に大掃除なんてしたことはないのだけど。
「どこどこやるの?今頼んでおこうか」
「えっ?!」
オレが携帯を取り出すと、春歌は驚いたような顔をした。
……どうしたんだろう。
「何?」
「え、い、いえ……今頼むって……大掃除をですか?」
オレは、目を瞬かせた。
「そうだよ?だってハニーが言ったんだよね、大掃除をしたいって…」
なのにどうして驚くのか、本気で分からなかったオレは、後から振り返れば、ちょっと間が抜けていたかもね。
「そ、そうですけど……あの、外注するんじゃなくて、だ、ダーリンと二人でしたいんです、大掃除っ」
オレは再び目を丸くしてしまった―――――――え、二人で?
わざわざ?
二人で、って、その言葉には胸が躍ったけれど。
せっかくなら、掃除以外でも二人でできることなんていっぱいあるしね。
「……オレはハニーにそんな疲れそうなこと、させたくないな。せっかくの休みなんだし、もっと楽しいことしないかい?」
これはオレにはすごく意外な反応だったんだけど。
ハニーは、目に見えてがっかりと肩を落とした。
「………だめですか」
「だ、だめってことはないけど……」
どうしたんだろう。
どうしてそんなにがっかりされるんだろう。
世の中の主婦は、多くが家事から解放されたがってるじゃないか。
したことがないから苦労は分かってあげられないけど、気持ちは分かる。
誰だって家事なんてするより、楽しいことをしていたいよね。
オレはハニーが可愛くて、愛おしい。
いつもハッピーでいて欲しいし、笑顔だけ見ていたい。
だからこそ、ハニーにはできるだけ楽をしてほしいって思うんだけど。
「だめじゃないなら、したいです!一緒に!」
「そ、そう?」
「はい、いいですか?」
「い、いいよ?」
正直、ハニーがどうしてそんな、大掃除なんかやりたがるのか、オレにはまったく分からなかったけど。
「よかった!」
ハニーは一転して、いい笑顔で微笑んでくれた。
そして……
「まずは、買い出しですねっ!いきましょう、ダーリン!」
☆
掃除用品の買い出しを終え、わたしたちは事務所寮に帰ってきました。
今日はまず、ダーリンの部屋からお掃除です!
「ふう、何だかいっぱい買ってきたね。これをどうするの?」
「まずは上からなので、天井をお願いします。これを……こんな感じで」
「OK」
聞けば、ダーリンには「大掃除」をやったことがないそうで……。
言われてから思い出したんですが、そうです、ダーリンって、大財閥のおうちの人なんでした。
大掃除……。
きっと、メイドさんたちがされるんですね。
でも、こうしてお願いしたら、ダーリンは嫌な顔一つせずにお手伝いしてくださって…。
ハッ……わたしも、ちゃんと動きださなければ!
「わたしはキッチンの方にいますので、よろしくお願いしますね」
「分かった。重い物とかあったら、すぐに呼びなよ」
「はいっ」
ああ、ダーリンはやっぱり気配りのある優しい方です…!
わたしは感動しながらも、キッチンのお掃除です。
今日は普段はできないところも徹底的にやっちゃいます!
まずは冷蔵庫のお掃除。
中のものを出して、綺麗に拭いて、賞味期限などをチェックしてから整理して…。
次はこっち!
ガスコンロからIHに替わって、五徳を磨いたりはなくなったのですが、やっぱりそれ相応にこびりついた汚れというものはあるもので。
「それは何をしてるの?」
「ダーリン!天井は…」
「終わったよ。……結構埃が溜まってるものなんだね。びっくりしたよ」
「ふふ、そうでしょう?」
ダーリンはきっと自覚されてはいないのでしょうが、初めての事に当たるとき、とってもキラキラした顔をされるのです。
そのお顔はすっごく可愛くて、わたしの好きだと思うところのひとつだったりします。
今回、大掃除にお誘いした理由の一つがそれだったり。
「それで、それは?」
初めてのことに興味津々。
そんなダーリンにお応えするべく、わたしはもう一つの鍋を取り出しました。
そこに茶渋のついたカップをいくつか入れまして……重曹をふりかけます。
そして、お水を投入!
「わっ、すごい泡だね!?」
ほら、ダーリンが喜ばれるんじゃないかと思ったのです!
作戦成功に、わたしはこっそり上機嫌になる。
「はい、これでしばらく置いておけば、汚れが綺麗に落ちるんですよ。その間に、リビングのソファをお掃除しましょうか」
「うん、いいよ!」
きっとこっちも喜んでもらえるはず……。
そうして部屋の隅々まで掃除していましたら、あっという間に日が暮れてしまいました。
「ふう。―――――――すごい、タバコも吸ってないし、毎日綺麗に使ってるつもりだったけど、汚れるものだね」
「はい、でも綺麗になりました。ダーリンが手伝ってくださったおかげです!」
「ハニーの手際が良かったからだよ」
「いえ、そんなっ!わたしだけだったら、絶対もっと時間がかかっていたと思います!」
ダーリンの謙遜を、わたしは全力で否定した。
だって、さすがは男の方だけあって、背も高いし、力もあって、とっても助かったんです!
それに二人でするって、本当に素敵です。
楽しくて、いろんなことが幸せで、お掃除がとってもいい時間だったのです!
ダーリンが、わたしを気遣って外注しようとしてくださっていたのは分かっていますが……やっぱり二人でできてよかった。
そんな感じに、わたしがふわふわしていたときでした。
「大掃除、楽しかったね」
「……ダーリン?」
楽しかった、というわりに、ダーリンの顔は寂しげで、でも微笑んでいて…。
それはきゅうっと、胸の詰るような。
「こんなこと、知らなかったな」
呟かれたお顔は静かで、とても優しかったけれど、何だかとても遠い人になってしまった気がして、気が付いたら手を伸ばしていました。
触れれば近い。
それをもっとちゃんとわかりたくて。
「また、しましょう」
ダーリンとわたしは、生まれも育ちも違い過ぎて、本当に遠くて。
だからときどき、違いがある。
すれ違ったりもしてしまう。
でも。
「………うん、次は、キミの部屋があるしね」
「来年もしましょう」
すかさず言う。
来年のことを言うと鬼さんが笑うそうですが、ここは見逃していただきましょう。
だって、ダーリンのこんな顔、見ていたくないから…。
「再来年も、ずっとしましょう」
「――――――うん」
気が早いね、とダーリンが言って、やっと少し笑ってくれて。
わたしは10年後まで約束してもよかったけれど、今は胸の中に秘めておくことにした。
早乙女学園で、出会って。
きっと、わたしの運命も、ダーリンの運命も、大きく変わった。
それが少しでもさいわいでありますようにと祈りながら、わたしはそっと、ダーリンに寄り添った。