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船はどんどん進む。
いたるところに配置された怨霊を浄化しながら、望美たちは御座船を目指した。
そこに、知盛はいるだろう。
還内府と並び称されし、平家方最強の将。
「うっ……」
望美たちが御座船に辿りついた時、知盛は既に返り血にまみれていた。
並の将兵が敵う相手ではないのだ。
「さて……ようやく来てくれたみたいだな。待っていたぜ……『神子』殿」
「知盛……」
望美は息をつめた。
懐かしくさえ思える甲冑姿は、熊野の着崩した姿より、知盛によく似合う。
やはり彼は、戦場で映える男なのだ。
望美が無言でいると、知盛がふと微笑んだ。
「クッ…会いたかった、ぜ…?」
「私は……会いたくなかったよ」
「つれないな…神子殿は…」
知盛が艶やかに笑う一方、望美の表情は硬いままだが、どちらの視線も逸らされることがない。
旧知の様子に敦盛が驚いた。
「神子は……知盛殿をご存知だったのか…?いったい、どこで―――」
「それを今、問うても仕方のないこと」
敦盛の疑問を、リズヴァーンが遮る。
「戦場でまみえた以上、道はひとつだ」
「先生……」
望美はぎゅっと剣を持った。
目の前で知盛が、満足そうに微笑んでいる。
望美にだって分かっている。
彼が望むことも。
師が指し示す道も。
戦場で、敵としてまみえた二人に、剣を交わす以外の道はなく、それ以外を知盛は望まない。
また、望美も、仲間のために剣を捨てられない。
だけど―――
(あなたが生きる未来、それはどうしても辿りつけないの?それは絶対不可能な道なの?)
時空には上書きできない運命がある。
望美が時空跳躍する逆鱗を手にするために最初の時空が消せないように、やり直せない運命は、ある。
だが、望美は諦められない。
暑い熊野。
一緒に歩いて、他愛もないことを話した。
二人で舞を舞い、夕暮れの中、海辺を歩いた。
全部自分だけのもののまま、進むのはもう嫌だ。
「……降伏は、できないの?」
「俺の趣味じゃあ、ないな……」
「逃げること、は?」
「クッ……逃げて…何になる?」
望美はふ、と笑った。
「そうだよね……」
戦場でこそ生きていることを実感すると言った男に、逃走ほど似合わないものもない。
ましてや、今までの戦いと違い、もう平家に後はない。――なくしたのだ。望美がこの運命を選んで。
「あいにくだが……俺は戦うためにお前を待っていたんだ……」
知盛は剣の構えを解かない。
目は真直ぐに望美に向かい、望美の剣を誘っている。
望美はずるい、と呟いた。
「したいことしかしないんだから……」
「クッ……、だが、お前はそれを、よく知っているだろう…神子殿?」
したいことしかしない。
知盛を動かすのは、いつも難儀だ。
しかし、望美にだって望みはある。
誰が何と言っても、知盛がどうだろうと叶えたい望み―――そして、願い。
そのためになら、私は何でもする。
「何ですって……!」
御簾越しに兄の言葉を聞いて、病床の望美を看病していた朔は激高した。
「それを兄上は唯々諾々と受けてこられたって言うんですか……っ!」
「さ、朔……」
朔の剣幕に景時がうろたえる。
景時が持ってきた命令は、明後日の宴で、望美に舞いを舞えというものだった。
「冬に向かうこの季節に、熱の残る身体で舞わせるなど冗談じゃありません!兄上が言えないなら、私が奏上にあがりますっ!」
一歩も引こうとしない朔の背中に、望美は僅かに紅潮した顔で苦笑する。
心配してくれるのは嬉しいが…。
「……朔、景時さんが唯々諾々なんて、ないよ…」
多分、食い下がってくれただろう、と思うのだ。
命令なんて言葉が出るのはその証拠。
鎌倉は、もっと自発的に望美を舞わせたかっただろうから。
「分からないわよ、そんなの!」
「朔!」
駄々をこねるような朔に、望美が少し大きい声を出した。途端に咳こみ、朔が慌てる。
無理をさせたいわけじゃないのだ。
重い沈黙が降りた。
「舞いますって、…伝えてきてください」
「望美……!」
朔の悲痛な声と景時の躊躇う気配が嬉しかった。
ああ、まだこんなにも大事にされている。
望美は目を閉じた。
嬉しいのに、全ての事象は望美の心から遠のいていて、揺れることもなかったのだ。