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「……悔しいけど美味しいのよね。この前の友雅さんにここだけは負けてないのよね」
「―――ここだけ、ね」
この前ニアミスした男を思い出し、知盛は少し不機嫌になる。
しかしおくびにも出さずに、話題だけ変えた。
「お前のお茶は凄まじいからな…」
望美が神妙に頷く。
「だよね。何でだろう」
「俺が聞きたい」
適当に、しかし、心底思って答えつつ、知盛は空いたカップに新しいお茶を注ぐ。望美はその所作を注意深く見つめた。
「……同じなんだけどな」
「同じとは思えないがな……」
望美のお茶は恐ろしい。
隣の譲以外が飲めない恐怖の代名詞を持つ。
苦くてまずいのは当然。
善意だったのだろうし結果オーライだが、瀕死の家猫もあまりの味に復活した。
唯一飲める譲も、美味しいとは決して言わない。
友雅から話題が逸れたものの、お嬢様がお茶に興味を持ち始めたことに、知盛は内心ため息をつく。
このままなら流れは一つだ。
「ねえ知盛―――」
「――――薔薇を見るか…」
「見るっ!」
―――間一髪だった。
何か言いかけていた望美は顔を輝かせ、知盛は安堵の吐息をついた。
この前殺されかけたことを、知盛は決して忘れていない。
「弁慶先生、まだー?」
「もうちょっとですよ」
将臣らから聞いていた通り、随分仲が良さそうだ。
本人に会うまでは、あの男が「保健室の先生」をしているとはどうにも信じられなくて、別人かと思っていたが―――本人だ。
知盛は息を詰めた。
昔を知る、同い年の彼の狙いが分からない。
「……帰るぞ」
知盛が促したが、望美はもうちょっと、と譲らなかった。
どうもお菓子か何かで釣られたか。
知盛は強引に連れて帰れず更に不機嫌になった。
仕方なく注意深く見守ることにする。
―――望美の死角で、弁慶がお茶に何かを入れたのが分かった。
あからさまな行動に、知盛は大きく溜息をつく。
自分のいる前で、よくもやってくれる。
この男の妙な大胆さは相変わらずということか。
「はいどうぞ」
「わーい」
しかし、差し出されたカップは3つで、そのどれに入れたのかさだかではない。
見かけは普通の紅茶である。
添えられた菓子は見たところ市販品。
仕方なく、弁慶が口をつけたあと、望美が手に取ったカップを取り上げて知盛が飲みほした。
「あーっ!」
お嬢様の悲鳴はこの際無視。知盛は二杯目も飲みほした。この場合、これが間違いだった。