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将臣は良識に従いたいが、こればかりは当人の問題なので、何とも言い難い。
「クッ……俺は優しくしているぜ…?」
「……そうかあ?」
実に信憑性の低い自己申告だ。
将臣は、ため息ひとつで知盛との会話を終わらせた。
見ないように気を配りながら、望美の服を直してやる。ふと、胸元から逆鱗が零れ落ちた。
「……まだつけていたんだな」
「そのようだな……」
それは白龍の逆鱗だという。
神子じゃない、と知盛に言い続けるのに、望美は逆鱗を手放さない。必ず身につけている。
将臣は少し黙った。
知盛はその様子を見て、鼻を鳴らした。
「……何だよ」
「いつでも悩み事が絶えぬな…と、思ってな…」
「誰のせいだよ」
「今回は…俺の所為…だけでもないだろう…?」
知盛が零れた逆鱗を弄ぶのに、将臣は一瞬身を強張らせた。まさか―――
「……望美も、夢を見ているのか…?」
「さあ…知らぬ。ただ、よく魘されてはいるな…」
知盛は気のない様子で続けるが、将臣は顔を顰めて考え込んだ。
それは平家にいたときよく見た表情。
その憂いと苦渋に満ちた表情は、現代に戻り若返っても変わらない。
第一、将臣は「夢」が何なのかも語らない。
いつも将臣は一人で背負い、ただ知盛は推測するだけだ。それは京も―――今も。
知盛はあっさりと哂った。
「クッ……考えたところでどうなるわけでも…ないのだろう…?」
「……まあな」
すべては遠く隔たった場所。
時間も、そもそも時空さえも異なる場所。
心配したところで、確かにどうもならない。
「望美が魘されてるのはお前の所為ってオチもありうるしな」
将臣が肩を竦め、望美を抱きあげる。
知盛が初めて不快気にした。
「おい……どこに連れていく」
「俺の部屋。お前の所に置いてたら、またヤりそうだからな」
言うだけ言って、そのまま踵を返す。
これで知盛が追いかけてきたら、安心できるのだが、その素振りもない。
ふと将臣が気づくと、望美が泣き出しそうな目で将臣の腕の中、じっとしていた。
ふと目覚めたとき、望美はそれを間違えた。
「……将臣君…?」
「クッ…ご指名なら、呼んでくるか…?」
前髪を梳く、そんな僅かな所作。
優しく小さな、気遣うような仕草が望美に錯覚させたのだ。
知盛は普段、そんな風に望美に触れてこない。
「知盛なの…?妙に、優しいね…」
「妙か…」
「うん、変…」
夢見るような、ゆるゆるとした声音。
応じるように、知盛の声音も柔らかで望美は少し嬉しかった。
望美は身体が不思議なほど楽になっているのに驚いた。知盛が触れる度、体と気分がすっきりしていくのに気づいて、目を開ける。
―――濁らぬ、菫の瞳。
「……どうした」
クスッと小さく笑った望美に、知盛が問うと、望美はまたゆっくりと目を閉じた。
「…ううん、あなたはまっすぐだからなー……と思って」
「それが、何か?」
望美は今度は答えなかった。
……このだるさは、怨霊と連続して戦ったり、穢れに触れた時の感じ。
存在を曲げられて、苦しむ悲鳴のような何かが望美を今も苦しめている。
散々味わった、今でも慣れないもののひとつ。
知盛の指が心地よいのは、彼が一切曲がらぬからだ、と、望美は思う。
平泉は穢れている。
いや、穢された。それも昨日今日というくらい、最近に。
それは望美を標的にした誰かの存在を感じさせた。望美にここにいて欲しくない誰か。
その誰かが、望美の存在に気づいたのだ。
それが誰か、望美はよく、知っていた。