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「もう、どうして毎朝あんたを起こさなきゃなんないの!」
「・・・・それがお前の望みだから・・・」
「望んでないっ!」
「クッ・・・・そうか・・・?」
滑るように道を行く車に乗っているのは二人。
望美と知盛だ。
あのあと、暫しの格闘を経て、今に至る。
お嬢様はお冠である。
だが、知盛が馬鹿馬鹿しそうに笑うのも無理はない。この時間は知盛の勤務時間外だし、そもそも春日家には専任の運転手が複数存在する。
彼らに頼めば、いつなりと車は出してもらえるだろう。
要は、これは望美の我侭なのである。
「・・・・・・・」
「・・・どうした?」
「な、なんでもない」
会話が途切れると、気持ちも落ち着いてくる。
望美にだって分かっている。知盛は望美のおもちゃではない。我侭放題していい相手ではない。
でも、知盛がいいのだ。
一緒に歩くのは知盛がいい。でも歩くのが嫌いな男だから、せめて学校の送迎をして欲しい。
髪を梳いてくれるのも、昔は知盛だった。今でも本当は彼が、いい。
(・・・・・・・難儀な恋・・・)
望美はこっそり、ため息をつく。
友雅がお茶を用意してくるよ、と言い置いたため、室内には望美とあかねの二人っきりだ。
同行の経緯を聞いたあかねは、友雅を可愛らしく叱り、望美にひたすら頭を下げた。
「先輩、怪我の具合は・・・」
「かすり傷よ」
手当ての済んだ足をチラ、と見ながら申し訳なさそうにあかねが伺うのに、望美は微笑んで軽く傷口をはたいた。・・・少し痛い。
しかし、この少女の心配は晴れたようだ。
安堵したように微笑む顔は柔らかな春の匂い。
望美とは学年が違うため、普段は滅多に顔を合わせることはないが、何かの催しではよく一緒になる。
その際にも好ましく思っていた笑顔に、望美の顔も自然と綻ぶ。
いつも思うが、本当に守ってあげたくなるような女の子だ。
「友雅さん、素敵ね」
「家ではただ困った人なんですけどね」
望美の褒め言葉に、あかねは嬉しそうに、だが少し苦笑した。
困った人?
自分の執事と比べて、ほとんど非の打ち所のないように思えていた望美は首を傾げる。
と、扉が少し叩かれ、友雅が入ってきた。
返事を待たないのはどこの執事も同じなのだろうか。望美は少しだけ、笑う。