モラトリューム





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「知盛っ、知盛起きなよ!」
「・・・・うるさい」
「うるさいじゃないの!ほら、起きて!」
 ここのところの望美の日課である。
 朝になって、起きたら将臣と知盛のいる宿に行く。
 そうしたら知盛は寝てるから、それを起こす。
 横で大抵将臣が笑いながらそれを見ていた。
「有川・・・何とかしろ・・・」
「いや、諦めてお前が起きろよ」
「・・・・・・・」
 ――――知盛と出会ったのは偶然だった。
 みんなとはぐれた時に急に降り出した雨。
 雨宿りの大木の陰、立っていた男。
 敵将、平知盛。
 この先の生田でまみえるはずの男と、望美は「出会って」しまったのだ。
 しかも、―――敵としてでなく。
「仕方ない・・・神子殿は人使いが荒いな・・・」
「だって、起こさないと起きないでしょ?」
 けだるげに、知盛がようやっと身を起こす。
 緩慢で怠惰な仕草で、髪をかき、欠伸をした。
 まだ眠そうだ。
「・・・何を見ている」
「え、あ・・・うん、綺麗だなって・・・」
「クッ・・・お褒めに預かり・・・?」
 呆れたように哂う、それだって綺麗だと望美は思う。
 素直すぎる望美の返事に、将臣も笑った。
「顔だけな」
「ううん、仕草とか、姿勢・・・なのかな?そういうのも綺麗だよね、ちょっと羨ましい」
「羨ましいのかよ」
 将臣が縁側に腰掛けながら、カカカッと笑った。
 見惚れながら言うセリフが羨ましいとは。





「やあ、姫君。憂い顔だね」
「ヒノエくん」
 望美は驚いて顔をあげる。
 今回の悩みはヒノエが発端だから、ヒノエの顔は今は見たくないのが正直なところ。
 でも彼を避けて、この熊野での用事は終わらないのだ。
 望美はため息ひとつで戸口に立ったままのヒノエの方へ歩み寄る。
 ヒノエは落とすように苦笑した。
「嫌々って感じだね。そんなにオレは嫌われた?」
「そんなんじゃないよ!…でもちょっと今は嫌かも」
「ふふっ、お前は正直だね。そんなところも好きだよ」
「も…もうっ!すぐにからかう!」
「本心だよ」
 ヒノエは素直な微笑みを見せた。一瞬、望美は詰まる。
 詰まった望美の手を、ヒノエはするりと取った。
「……海に行かないかい、姫君?きっと気も晴れるよ」
 またいつもの表情に戻ったヒノエに、どうしてだか望美はホッとして、少し考える。
 雨はいつの間にかあがっていた。
 岩場なら、ぬかるみの心配もないだろう。
 何より部屋で鬱々としているのは性に合わない。
 望美は頷いて、ヒノエが嬉しそうに手を引いた。
 連れられた岬、そこにいたのは知盛だった。