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その姿を見たとき、望美の背に駆け抜けたのは戦慄だった。
九郎らと合流して、進んだ奥、まだ雪深き戦場の宇治川にいたのは、平惟盛ではなかった。
平家方誇る双璧の将の一人、平知盛。
幾度となく望美が殺め、何度も剣を交わした男がそこにいた。
しかし、宇治川で出会うのは初めてである。
望美にとって、それは不意打ちのようなものであった。
「知盛……どうしてあなたがいるのっ…?」
望美はここで惟盛と戦うのだと思っていた。
しかし惟盛はどこにもいない。望美にとって、知盛のいる宇治川は初めてである。
今までにない宇治川。
望美は困惑し、恐怖していた。
しかも、目の前の男と一人で戦うことになるとは思っていなかった。
「俺を知るお嬢さん……、退くか、さもなくば戦うか?」
知盛は呼ばれ、ゆったりと振り向いた。
緩慢なはずなのに隙のない仕草。
一瞬本気で見とれた自分を望美は叱咤する。
戦装束とはいえ、女で、しかも軽装の望美に、知盛は本気で戦う気は最初はなかった。
だがひらめく瞳。
その強さが、知盛の獣を誘い出す。
「……美しい、な」
独白めいたそれは、遠くの剣戟に紛れ、望美には届かない。
知盛は身が沸き立つのを感じていた。
きっと、間違いなくこの女は強い。
知盛が優婉に笑う。
そのどこか狂った笑みに、望美は何かを悟る。
助けを呼ぼうとした刹那。
「ぐっ……」
「ほう、叫ばぬか」
遠慮も容赦もない拳が望美の腹に見舞われた。
咄嗟に声はこらえたものの、意識が遠のくのを止められはしなかった。
薄れゆく意識の片隅で、まるで荷物のように上げられるのを感じた。
望美の意識は、そこで途切れた。
そして歩く、熊野。
勝浦近辺だけでなく歩くうち、怨霊退治に知盛も参加するようになった。
その刃は激甚。
望美は宇治川で、手加減されていたことを知る。
それでも戦いがない間の知盛はただただ怠惰で、将臣や望美をよく困らせた。
優雅な物腰、野蛮な魅力。
共に舞ったとき、恐怖とは違う戦慄が走った。
数日して、法皇の女房に化けていることをヒノエが突きとめてくれた。
あとは、法皇に面会を申し入れればいい。
そう思ったが…
「今度は法皇様探しだよ!」
望美は将臣たちと探すことを選んだ。
将臣とただの幼馴染でいられる、そして、知盛を敵視しなくてすむ今を、もう少しでも伸ばしていたかったのかもしれない。