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時は二人が幽閉された翌日になる。
そう、知盛と友雅が、白亜の王城に到達する前日である。
何も彼らは手間取っていたのではない。
情報集めと装備―――
これから彼らがたった二人で赴こうとしているのは、かつてこの国の裏側で猛威を振るった「組織」の本拠地なのだから、それは必須だった。
小汚いその場所には、もぐりの武器商や医者や情報屋が軒を連ねている。
友雅はまるで長年の友人であるかのように親しい声をいたる所からかけられ、応じていた。
知盛は呆れ果ててため息をつく。どちらかというと、相手をしている連中の呑気さに。
「……連中はお前の本性を知っているのか」
「おや、君と本性を分かち合えるほど仲良しだったとは嬉しいねえ」
「…………」
知盛は深くて重いため息をついた。
この男となら。
そんなことを思った昨日の自分を、絞め殺すか殴りに行きたい。
あやうく脱力しかける知盛の横で、友雅は娼婦らしき女の腰を抱いている。
女はくすくすと笑いながら、何かの紙片を友雅に渡して横をすり抜けていった。
「茨木、藤原、椿……ね。まあさすがに間違いはないだろうね」
緑なす黒髪の男は、何とも魅力的な唇を困ったような笑みの形に歪めた。
「橘」しかり、「藤」原しかり―――
この国の古き貴族は連綿と植物の名前をその氏に織り込んでいる。
さらに上級の華族になれば四季が織り込まれ、そうでなければそれらは名にも使うことが許されない。
たとえば、新興の有川は有名ではあるが貴族名鑑には載らない。
古き伝統であり、今では意味のほとんどないものではあるが、見分けやすくはある。
「私の妻になるがいい―――」
このとき、男は、生涯でも絶頂の中にいた。
長年遠国に流されて、やっと得た我が子は海に投げられた。
欲しいものは一夜の女のみしか与えられず、ここまで来た。
そこに来た機会、更には、これまで自分の後ろ盾でもあり足枷でもあった「上皇」の死―――
僥倖と言わず何と言う?
男は、実際絶頂にあった。
もう何でも思う通りになる。
何故なら自分はトップだ。名実ともに。誰の顔色をうかがうまでもなく。
後ろ盾がいない?何を気にすることがあるだろう。
もはや、誰も自分に逆らえる者はいないということではないか。
男は自分の未来に陶酔し、目の前の小娘をうっとりと見つめた。
家柄、容姿、気位。どれをとっても遜色ない。
「どうした。返事をせよ」
春日家を陥れ、おそらくは元宮の家も追いつめた。
知盛たちを今窮地に追いやっている身でぬけぬけと男は言い放つ。
その傲岸さはいっそ懐かしく、馬鹿馬鹿しい。
画面の横で知盛の頬が切れた。
―――たとえばこれが、将臣や譲だったら、望美は受けてしまったかもしれない。
この男を信用する云々以前に、誰かが傷つけられるくらいなら、仮初でも頷いてしまった方がいい。
どんなに嫌だろうが嘘をつく。
それくらいはしてもいい。
でも。
あかねが息を呑みこむ音がやけに耳につき、望美はようやく画面から目を離した。
(―――知盛は、大丈夫)
友雅のように優しくない。
彼があかねに対するように、自分を必ず優先してくれるような人ではないし、横柄で口も悪いし、すぐさぼるし。
顔と身体はよくても、性格は最悪。
真心や忠誠とは何だと真顔で聞かれそうな言動を平気でする。
およそ執事らしくはない男。
だけど、望美はひとつだけ、確信している。
いつも望美を一番にはしてくれない。
―――だけど。