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「はい、我が君。私が今から語ろうとしておりましたものは、そのランプの魔人の、しかし、我が君の見知らぬ物語でございます」
「わあ、どんなの?」
「ずばり、恋の物語でございます」
「恋……」
千尋はうっとりとしたが、風早は引きつった。
完全にやる気だ。いつかやらねばならないことだがまだ早い。まだ先だと思いたい。
「ですが風早は反対なようで……」
柊が大袈裟によよよ、と泣く振りをする。
風早はひくっと引きつった。
恋に恋するお年頃の千尋は、くるっと風早に向き直った。真顔で宣告する。
「反対するなら出てって」
「えええ!」
「出るの?いるの?」
一度決めたら動かない、千尋の頑固さを骨の髄までよく知る風早は本気で引きつり、葛藤した。反対しなければいいが、それはこのねっとり男の弁舌を自分までもが聞くことになる。
かと言って駄目な理由を解説するわけにも……そして二人きりで話して聞かせるわけにもいかないような……
葛藤は三つの目に見つめられる中、数十秒。
「…………います…」
風早の陥落に千尋は喝采、柊は謎めいた微笑みを深くした。
寝台の柔らかな寝具に包まれながら、千尋は横たわり、天蓋から吊るされた更紗の布に隔てられた深くて響きのいい柊の語る物語に耳をすます。
幼き日から変わりなき優しい時間。
柊は語り始めた。
「それでは、可愛らしいジンニーヤとその主となった凶暴な王の話をいたしましょう」
「御主人様の思し召し通り。私は知盛の魔人よ?」
「…………」
ころころと鈴を鳴らすように微笑まれ、謝罪は要らぬのだと従順に抱き寄せられている望美に、知盛は沈黙した。
―――魔人。
望美を知盛は愛しくて抱き締めるのだが、こうして望美が身を任せるのも、結局は自分がひとときなりともシディであるからか。きっと、聞けば素直に頷かれてしまうだろう。
アラーにかけて!それはまったく魔人の真実であろうから。
それでも知盛は望美を抱き寄せ、触れずにはいられないのだ。幾百の麗しい華よりもなお、香しき、優しい花に。
知盛は暫くそうして抱き寄せていたが、おもむろに望美の顔を上げさせて、唇を寄せた。
「んっ……」
知盛が唇を求めるのは毎夜のことで、それは望美にとって就寝の合図でもあった。
時により長さは違うが、望美の唇を求めてから、知盛はランプに望美を帰らせる。そして朝を待って、望美がランプから出て知盛を起こす。最近の、毎日の決まりのようなもの。
薄い唇はもう馴染んだ温度で望美の唇に重なって、望美はいつものように慎ましく口を開いた。そして、性急に躍り込んできた知盛の舌にそっと寄り添う。
いつもならここで終わるものの、口づけはたまに離れ、二度、三度と続いた。
「んんっ……はあ……」
魔人の敏感な吐息は甘さを増し、知盛にもたらされる快楽は相当なもので、それをやり過ごすには鋼くらいの精神力が要されただろう。
吸われ過ぎて赤く色づいた望美の唇は艶めかしく、零れた唾液で淫?に光る。
「知……盛……?」
「まだだ……」
「んっ……まだ……?」
「ああ……」
それはとても珍しいことで、寝台に腰かけた知盛の膝の上、望美は知盛の片腕に凭れながら主の口づけを受け続けた。
押し流そうとするようなもたらされし快楽をぎりぎりまで抑え込み、知盛は明け方まで望美を貪った。
「……重衡には近づくな」
うっとりと自分に凭れる魔人の耳に、知盛はそっと希った。重衡―――王の弟とかいう?望美は何故、とも言わずに微笑んで快諾する。
「はい、シディ、知盛……」
口づけのせいで艶めかしい表情になったまま、望美は頷く。
アラーにかけて!魔人は嘘をつかないから、知盛は安堵したが、望美がそそっかしく、いささか物忘れの多い性質であるのを忘れていた。
そのうえ、重衡は望美を熱心に探していたので、再会はあっさりとかなうのだった。