冒頭
―――こんなことになるとは思わなかった。
「お願えしますだ、男神様、女神様……!」
大量の供物を前に、たぶん村人総出で頭を下げられて、望美は途方に暮れてしまった。
チラリ、後方をうかがうが、男神様は面倒そうに欠伸をしつつ、眠そうにしていて、案の定何もしようとはしていなかった。
誤解を解こうとも、望美を助けようともしてくれない。
だから望美は孤軍奮闘するしかない。
「で、ですから……!」
口を開きかけた望美に、信用しきった無垢ないくつもの瞳が集中した。
(うっ……)
とにかく望美は、女神なんかではない、と言おうとしたのだが、とても言える雰囲気じゃない。
特にきらきらと期待に輝く瞳を向ける先頭の村長に、望美は苦虫を潰した。
こんなことになると思っていたら、男を助けるのは知盛に任せるべきだった。
あの時はそんなことを思う余裕もなかったのだが。
時は暫し遡り、ある男との出会いの場に移る。
望美と知盛が平泉を出て旅をするようになってから、一月ほども経過していたある日。
望美は路上で怨霊兵に襲われる、一人の男を助けたのだった。
戦場でよくかち合った、平家の忌むべき遺産を見て、反射的に望美は駆け出していた。
腰を抜かした男の止める間もなく、望美は怨霊兵に立ち向かうと、これを一閃。
清らかな光とともに、怨霊兵は霧散した。
まさに一撃必殺。
呆然とした男に望美は笑顔で手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
男にとっては奇跡でも、望美にとって怨霊退治は日常茶飯事。やって当たり前のこと。
だから何ら思わず剣を振るったのだが……
後ろからのんびり歩いてきた知盛は、男の手にあるごわごわの文に目を止め、面倒そうに嘆息した。
男はここでも誤解した。
恐ろしい化け物を清らかな光で、何もない場所から現れた剣で退治してくれた美しい人。
連れと思しき男の、見たこともないような美貌といい―――
これは、夢でなければ救いの神だ!
「か、―――」
神様、と呼びかけて、男は慌てて口を閉じた。
神は通常人前には姿を現さない。気づかれたと知ると、さっきの化け物のように消えてしまうかも。
信心深い男はごくりと喉を鳴らした。
あとで彼は、あれは一世一代の大演技だったと人に言う。
とにもかくにも、男は頭を下げた。
「あ、ありがとうごぜえますだ!」
「いえ、…大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
柔らかな絹のような声に、男は感激した。
(何とお優しい……!)
さすがは女神様だ、と男は思った。
もしかしたら観音様かもしれないが、もうこの際どっちでもいい。
とにかくこの方ならば、村の惨状を知れば助けてくれるに違いない!
男は必死で望美に縋りついた。
助けてくれたお礼がしたい、どうか村まで一緒に来てほしい――
最初は断っていた望美も、熱心な懇願についに折れて、男の村までついて行くことにした。
もともと目的のない旅である。
それに、また襲われたらとも思ったし。
ここで望美は知盛の意向など聞かなかった。
嫌ならば知盛は必ず口に出す。それがもう分かっているから。
ちなみに、あとで、「……お前は学習しろ」と、知盛には呆れられるのだが、望美のお人好しは二度や三度の面倒で治るような代物ではない。
最初は迷子の猫探し。
次は失せ物探し。
望美と知盛の旅は珍道中になりつつある。
知盛も言い出すのが面倒になって、最早何も言わなくなっていた。
今回もどうせ、お礼だけでは済まないと気づいてはいたのだが。
望美たちは本来排他的なはずの村で大歓迎された。
……そして、今に至るのである。