どこかの島の夏の合宿が終わって、オレたちは本格的な練習に入った。
 ―――何のって?
 もちろん、卒業オーディションのさ!
 そりゃ……七海とペアでパートナーが組めなかったのは……本音を言えば、ちょっと残念だったんだけどさ。

 でも、いいんだ。
 七海の歌が歌える。七海と一緒に音楽が作れる。

 それだけでオレは本当に嬉しいし!
 しかも、考えてみればあのメンバーで……って結構凄いことだと思わない?
 真斗や那月に翔、そしてレンやトキヤまでいるんだよ!そこにオレ!
 こんなメンバー、七海がいなかったら、絶対実現してないよね!
 そんな風に、毎日充実しているオレだけど、今日はちょっとソワソワしていた。


バレンタイン狂想曲



「―――何をソワソワしているんですか、あなたは」

 つい落ち着きなく辺りを見回していると、後ろから冷たい声がかかって、オレは思わず飛び上がってしまった。


「わあっ、あっ、と、トキヤ!」

 だって、そうじゃない?
 いきなりトキヤがいるなんて思わないでしょ。
 ここはAクラスで、トキヤはもうSクラスに復帰したんだし。
 トキヤはこれ見よがしにため息をついた。

「……相変わらず落ち着きがない上、挙動不審な人ですね。そんなことで大丈夫ですか?卒業オーディションはもうすぐなのですよ」

 わかってるよぅ……。
 だけど、今日は特別だと思わない?だって、バレンタインデーだよ!
 まあね、トキヤはもてそうだから、こんな日に感慨なんかないのかもしれないけど、オレはやっぱりドキドキしちゃう。
 チョコレートはもともと好きだけど、こんな日に好きな子から貰えたら最高じゃない!
 誰から欲しいって、やっぱり七海!

 七海、律儀だし、優しいし、几帳面だから、きっと絶対用意してくれてると思うんだよね!
 いや、義理チョコだと思うけど……。
 いくら恋愛禁止って言ってもさ、今日くらい盛り上がってもいいじゃない?
 だけど……七海は朝からなかなかつかまらなくて、オレはついつい探してしまう。
 いるといえば授業中とかで、休み時間になるといつの間にかいない。
 うーん、どこ行っちゃったんだろう、七海……。
 放課後になればレコーディングの約束があるけれど、それは他の人も一緒だ。
 できれば二人で話したいと思うから、それまでに……なんて思っているんだけど。


「―――誰かお探しですか」
「えっ、あ、うん……な、七海を……」


 またも急に声をかけられて、思わず裏返りそうになる声をオレは堪える。
 くだらないことを、とか言いそうだったトキヤは、意外にも、ちょっとため息をついただけだった。


「……まあバレンタインですからね。君の気持ちもわかります」
「えっ、わかるのっ?」


 そ、それってまさか、トキヤも七海のチョコを気にしてるとかっ?
 思わぬ恋敵の出現の予感に、オレは一気に心臓を高まらせてしまった。
 だって、トキヤだよ、トキヤ!
 勝てそうにないっていうか……だって、トキヤって七海の好きなアイドルの双子の弟なんだよ!






 そんなことを思っていたせいだろうか。
 オレはとんでもない所に遭遇してしまった。

「あの……お呼び立てしてすみません、一ノ瀬さん」
「別に、かまいませんよ。何ですか、は……七海さん」

 オレは知ってる。
 最近、トキヤがずっと「春歌」って言いかけてはやめてること。
 ……むしろスッキリ呼んじゃえばいいのに。

 それがトキヤの「思い入れ」みたいで、オレは少し動けなくなる。
 そして、七海の笑顔が、いつもと少し、違うみたいで。

「はい、あの……チョコレートです!バレンタインの!」

 予想通りの展開に、身体が固まる。
 息を………吸えなくなる。

 そんな音也に、トキヤだけは気づいていた。

(まったく……あれで隠れているつもりなんでしょうね、あの男は……)

 ため息をついてしまう。
 この自分の恋敵となるのなら、少しはそれらしくしてほしいものだ。
 とはいえ。

「―――ありがとうございます、七海さん。嬉しいですよ」
「あっ……い、いえ、そんなっ……」

 逃せないのだ。
 自分にとっても、彼女は初恋の人。
 心を救ってくれた、かけがえのないひと。

 ――――唯一の歌のパートナーにはなれなかったけれど。

「もしかして手作りですか?」
「は…はい、あの、お口に合えばよろしいのですが…」
「フ、君は謙虚ですね」

 合うに決まってます。
 なんて、馬鹿なことを。

 にっこりと笑った顔を維持しつつ、トキヤは可愛いラッピングを解く。

「君から食べさせてもらえれば、もっと美味しくなるかもしれません」
「へっ!?あ、あの……!」

 壁の向こうの影はまだ動かない。
 動揺くらいはしたみたいだが、意気地のないことだ。

 トキヤは冷徹にそんなことを考えるが、やられた春歌と音也はそうはいかない。

(な、ななな何考えてんだよ、トキヤぁっ……!)
(わ、私からって、そ、そそそそんな、どうすればっ……!)

 春歌の真っ赤な可愛い顔と、恋敵のダメージを確認したトキヤは、とりあえずこれで満足することにした。
 手の中には、愛しい春歌の手作りのチョコレート。
 それが今は特別な意味でなくても、それで十分。
 負ける気なんてしないから。

「―――半分冗談です。ありがとう、七海さん。いただいていきますね」
「は、はいぃ…」

 見事に本音を織り混ぜた社交辞令で、トキヤは颯爽と立ち去っていく。
 真っ赤な顔のまま、春歌はなかなかそこから動けずにいた。







「はー……」

 朝の浮かれぶりもどこへやら、音也はすっかり落ち込んでいた。

 春歌にチョコを貰いたいとか、
 義理チョコでもいい!とか、  …………好きだとか。

 そんなことを思うゆとりはかけらもなかった。

 はぁ……弱……。
 オレって前から、こんなだったかなぁ……。

 うじうじして、こんな風にいじけたりして。
 トキヤだけを七海が呼び出したって、そういうこともあるってわかってたはずなのに。

(分かってなかったかも…)

 それでも、トキヤはHAYATOではないから―――
 そんなことを考えていたのかも。

(あー、オレ、だめだーっ……!)

 およそ初めての物思い。
 今まで「自分だけのもの」にしたいものなんてなかったからこそ、持て余してしまう思い。
 どうしていいか、欠片ほどもわからなくて、オレはとにかくぐだぐだだった。
 そのとき―――

「音也くんっ!こんなところにいました!」
「七海……?」

 息を切らして、春歌がかけつけたそこは、そんなに簡単に、誰もが見つかるような場所ではなかった。
 たまに孤独になりたい音也が、こっそりと見つけていた死角になる場所。

 見つかって欲しかったのか。
 それとも、彼女が見つけてくれたのか―――

「ば、バレンタインのチョコです。見つかってよかった。渡したくて……」
「オレに…?」
「はいっ」

 聞き間違いかと思った。
 見間違いかと。

 でもそれは、まぎれもなく、トキヤの手にもあったラッピングで―――

 オレの胸はざわざわする。
 いい意味にも、切ない意味にも。
 でも、そうだ。

(今はギリだって、いいんだ。だって、この先もあるんだから!)

 だって、春歌は笑ってくれている。


「ありがと、七海――――ハル!」
「……はいっ」

 君に逢うまで知らなかったよ。
 何か―――誰かを好きだと思って、それだけじゃ足りなくて、自分のものにしてしまいたい気持ち。
 嫉妬して、やりきれなくて、切なくて。
 いっそこんな気持ちなんて知らなくてよかったのにと思うほど。

だけど。

 ――――それを救ってしまうのは、いつだって、君なんだ。

 オレは一呼吸で笑顔を浮かべて、七海―――ハルの手をぎゅっと握った。

「…………頑張ろうね、卒業オーディション!」
「はいっ!」

 冬の木枯らしに優しい春の息吹が混じる―――
 寒い冬を過ぎて、きっと暖かな春が来る。
 だけど、きっと、ラブパッションは終わらない。



2012.5.5
音也とトキヤはいいコンビです。わんこ具合が。

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