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朔に言われるままに、将臣たちは梶原京邸に腰を落ち着けた。こっちに来ればいい、と、弁慶や九郎が九郎の邸に誘いかけたが、最初に誘ってくれたのは朔、と言って将臣はそれを断った。
九郎は見たままの性格をしているが、弁慶は違う。
将臣は二人と距離をもっておきたかったのである。
だが結局、将臣が一番打ち解けたのは、やはり裏表のない九郎だった。
九郎はよく梶原邸に寄ってきた。
この日も、院御所の帰りだといって寄って、日課らしい素振りをこなしている。
将臣はそれを縁側で眺めていて、ふと思いついた。
「よう九郎、お前の剣の師って誰だ?」
「うん?リズヴァーンと仰る方だ」
「リズヴァーン?」
「普段は鞍馬山や・・・まあ諸国を旅しておられる。天狗とか言う奴もいるが、素晴らしい方なんだ」
呼びかけられた九郎は素振りをやめて、将臣に答える。
「どうした、急に」
「ん?・・・ああ、いや、俺も剣を習いたいからさ」
「ほう?」
宇治川から、二月が経過していた。
その間を京邸で過ごした将臣は、剣を覚える必要性を感じていた。ここは戦争中なのである。
白龍から預かっている大剣は、その大きさにもかかわらず、将臣にとってまるで馴染むように扱いやすいが、だからといって戦えるほどには使えない。
譲も那須与一に弓を習っているようだし、独学で何とかなると思うほど将臣は楽天的ではない。
「俺が教えてもいいが、毎日は無理だしな。・・・うん、やはり先生がいいだろう。俺もお会いしたかったし、明日山へ行ってみるか?」
「お、いいの?ラッキー、じゃあ頼むわ」
将臣は気安く請け負った九郎に笑って返した。
九郎の師なら間違いないだろう。
「先生が受けるか、そもそもおられるかは分からんぞ」
「分かってるって!」
将臣は軽く笑って、奥に明日の予定の変更を伝えに行く。この二ヶ月、毎日歩いて望美を探すが、見つかる気配はない。さすがの将臣も焦っていた。
見つかるのは怨霊ばかりだ。
(危険すぎるぜ・・・・)
将臣たち男でも、日が暮れると危険な場所。
そうでなくとも、将臣たちは異邦人だ。
将臣は焦燥を隠すように、ぎゅっと拳を握り締める。
だが、きっかけはいつも不意に訪れる。望美の手がかりが見つかったのは、その夜の夢の中だった。
「僕たちは一度下がります。・・・・・桜姫」
「・・・・・・」
源氏で唯一、弁慶は望美を桜姫と呼ぶ。望美は静かにその目を弁慶に向けた。
無機質であろうと感情を抑え込んだ目は、九郎に対してのものと違って余裕がない。
弁慶は確信した。―――聞いたのだ、彼女は。
(それでもあなたは平家にいるというのですか)
問いかけたいそれを抑え込んで、弁慶は静かに望美を揺さぶった。
「将臣君と譲君も、来ていますよ」
「――――そう・・・」
短く言って、すり抜けていく薄紅の女。
その背中は、今も凛と伸ばされたまま。
弁慶の言葉は本当だった。
鉢合わせしたその翌日から、将臣と譲は時折望美の滞在する室を訪ねるようになった。
譲は少し気まずそうにするものの、将臣が何事もなかったように振舞うので、望美は二人を拒絶できない。
幼馴染であることを明かすと、敦盛が気を利かせてよく席を外すので、望美は二人を受け入れざるをえなかった。・・・・・・敵方なのにと躊躇いながら。
(源氏に来いって、言わないの?)
懐かしむように話したり、近況を話す将臣は源平分かれたことにほとんど触れてこない。
一の谷で戦ったことさえも幻だったかと思うほど、屈託がなかった。
しかし、平家のことはよく聞いてきた。
軍事的なことなら望美も話さない。だが、将臣の聞くのは主に他愛もないことばかりで、望美も次第に警戒を解いていった。
もともと幼馴染なのだ。何が変わったわけではないのかもしれない。望美がそう思い始めた頃だった。
「凄く綺麗・・・・・大きいね、将臣君!」
「ああ」
那智の滝に行こうと言い出したのは譲だが、肝心のお弁当を忘れてきたといって取りに戻ってしまった。
だがそれは口実だった。将臣は、二人で話したかったのだ。譲も自分では説得できないと思っているようで、黙ってそれに頷いた。
望美は水飛沫にきらめく陽光を眩しそうに見上げている。その横顔は大人びて、美しい。
将臣は眩しそうに目を細めた。
(お前が綺麗だよ)
柄にもなくそう思ってしまうほど、望美は綺麗だった。
戦場で会ったときも・・・・・今も。
「・・・・・源氏に来い、望美」