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「やっ、もう・・・駄目だった―――ら・・・・・」
知盛は突然望美の抗議が尻すぼみになり、小さく固まったの訝って、その視線の先を追いかけた。
そこにいたのは、時子の腹心で、現在望美の世話を一手に買ってでている女房の楓だった。
楓の目の前で、望美は知盛に抱かれながら口づけられようとしていたことになる。
知盛は静かに命じた。
「――――下がっていろ。朝に出る」
楓が来たならいつものように帰ってくれると期待していた望美は、ぎょっとして強張った。
「知盛っ・・・?」
「ま、まあ、ついに・・・・!はい、下がらせていただきます・・・!」
「え、楓、待っ・・・・・・」
追い出してくれると期待した楓は、なにやら感極まったように涙ぐみ、嬉しそうに出て行ってしまった。
取り残された望美は、困惑する。
何故置き去りにされたのか分かっていない。
知盛は望美の呆然とした顔を暫く眺めていたが、黙って望美の唇を指でなぞった。
普段より赤く色づいて、それは知盛を強烈に誘っている。
知盛は誘われるままに、顔を寄せる。
しかし。
「・・・・・おい」
口づけを両手で阻まれた知盛が、不機嫌に望美を睨んだ。望美は真っ赤になって逃げ腰だ。
「駄目なの・・・!・・・・お願いだから・・・!」
必死の抵抗、といった様子に無理強いする気にならず、知盛はすっと遠ざかる。
望美は重みの軽減にそっと目を開ける。
知盛がじっと自分を見ていた。
美しい菫のそれに、望美は吸い込まれそうになる。
「何故駄目だ・・・・?」
「好きじゃ、ないもの・・・」
望美の消え入りそうな声に、知盛は自分でも思わぬほどの衝撃を受けた。
「俺は好きだ・・・・」
「・・・・・・・・今回の和議が山場ね・・・」
「ほう、お前は今回で方を付ける気か・・・・」
ひとたび陣羽織を羽織ると、望美の表情からは平静の柔らかさや甘さといったものが削ぎ落とされる。
それがまた好みで、知盛は苛めてしまうのだが、最近ではもう望美がまともに取り合うことはない。
普段であればちょっとした軽口も怒るような直情型であるのに、こうしたときは、冴えた月を思わせる。
忠度らは不憫がるが、知盛から見れば、これはただ望美の隠されていた一面に過ぎない。
それこそ、ただ望美を甘やかし、護っていたら見れはしない顔のひとつだ。
見なくてもいい。それもまた想いのひとつの形だろうが、少なくとも知盛には当てはまらなかった。
全部、見たい。そして欲しい。
望美の何もかもが。
(・・・・・・・これが神子でなくなれば見れるのか?)
ふとそう思う。
純潔でなくても望美は望美のまま、神子のままだ。
知盛にすべてを与えはしない。
表にこそ出さないが、知盛にはそれはいかにも腹立たしかった。
つい、厭味のようなことが口をつくのもそれでかもしれない。
「この和議の申し入れを信じる気か・・・?」
知盛は嘲笑う。
本当は望美にも分かっている。
ここまできて、熊野の協力さえ確約できなかった平家に源氏に本格的に抗する手段のないこと。
その平家に対して源氏が和議を申し入れる?
あまりに非現実だ。
「・・・・それでも、信じなければ始まらないわ」
「それに、名代として既に鎌倉殿のご正室が発たれたという。源氏側でも戦を続けられぬわけが出来たのかもしれませぬな・・・・」
忠度の言葉に、惟盛が眉根を寄せる。
「負けたわけでもないのにご苦労なことですねえ」
「・・・・ご立派なお志ではないか。なかなか出来ることではない」
忠度はそう締めたが、不自然な和議であることは否めない。望美は考え込むように瞑目した。
知盛としては、最終的には望美を攫ってどこかに行くか、それさえ状況が許さないなら、二人一緒に果てればいい。
そう思っていた。
戦の趨勢などどうでもいい。
世の中の読みがどうだか知らないが、平家の生きた将がこれだけ欠けた時点で、勝負は見えた。
平家に出来ることは、あとはいかに試合に勝つかだ。
だから、ここは望美の出方次第なのだ。
望美は瞑目し、和議の受け入れを決める。
どのみち、受け入れるしか道はない。
和議受諾の知らせを送った二日後、源氏方から正式に和議の使者が遣わされた。
そして、幾日か過ぎ、京と福原の中間と言うことで、生田にて和議が執り行われることになった。
しかし――――