怨霊姫





冒頭



  冬の日の雨の中、佇む子ども。
 その子に呼びかけたとき、あるいは時空の奔流で将臣や譲の手を離してしまったときに、あるいは、望美の運命は決まってしまったのかもしれない。




 望美はひとり、流された。
 加護する龍神の意思すらも及ばぬところへ。





 望美が流されたのは、治承四年の福原、平相国の邸。
 突然流された望美には知る由もないが、京、そして福原は揺れていた。
 清盛の助けた敵大将の遺児が挙兵したのである。
 時空の流れの奔流によって、龍自身、意図せぬ場所へ望美は流された。
 動乱の幕開けていたそこで、剣を帯刀した見知らぬ少女は、賊としては囚われたのである。




  第一章    平家に現れた少女




(暑い……どうして…?)
 望美は朦朧とした頭で考える。考えることをやめたら、そこできっと、自分を嬲る連中の言うがまま、あることないこと口走ってしまうだろう。そう思って。
(冤罪とか、こういう風にできるのかも…)
 我が身にならないと分からないものである。
 いきなりどこかに流されたかと思ったら、灼熱の太陽の照りつける見知らぬ場所にいて、そこには時代村かと思うような侍姿の男がいっぱいいた。
 ―――そして、捕えられた。
 有無を言わさず壁際に四肢を拘束されて、殴られた。
 自分は剣を持っていたという。
 持っていた気もするが、今はどこにもなかった。
 着ていた陣羽織のようなものも脱がされた。着物と、制服のスカートだけの恰好で、何度打たれただろう。
 源氏の間者か、法皇の密偵かと何度も聞かれた。
 違うという度、打たれた。
 満足に水ももらえず、望美はもう泣くことも忘れかけている。
「……まだ吐かぬか」
「知盛様!…は、中々に強情で…」
「ほう…」
 新しく聞こえた声に、望美は瞼を開ける。
 美しい青年が、気だるげに微笑んでいた。優しさの期待できそうにない酷薄な声音に、望美はもう一度顔を俯けた。しかし、青年の手が強引に望美を上向かせる。
「うぐっ…」
「…女、吐いた方がいい。この相国の邸に剣を持って現れたのだ、何か用事があるのだろう…?」
「し、知らないっ…」
 間近で見た顔は、繊細な銀細工のようで美しい。だが、そんなものに魅入る余裕は望美にはなかった。
 女を殴る気にはならず、知盛様と呼ばれた青年はおもむろに望美の下肢に手を伸ばす。
 知盛は邪魔だと言わんばかりに望美のスカートを一閃、斬り裂いて床に落とした。
 望美が一瞬身をすくめた。
 それをいいことに、知盛は割り広げられ繋がれている足の付け根、そして、秘所に知盛の手はやすやすと辿りついた。
「やっ…なに、何するの!えっち!」
「クッ…早く素直になった方が、いいぜ…?」
 そう言うと、知盛は望美の秘所を遠慮なく撫で回した。
 最初はくすぐったく、嫌悪しかなかったそこが、だんだん熱くなる。
 知盛は巧みだった。
「うっ…あ、ひっ……ん…!」
 望美は泣き出しそうだった。
 何故こんな目に遭っているのだろう。
 せめて何も感じたくないのに、嫌悪以外のものが明らかに這いあがってきて、望美を絶望させる。
 知盛の方は、ぎこちなかったはずの秘所が次第に保護のために濡れだし、それが保護だけではなくなった辺りで興醒めた。
 鳴き声も感度もいいが、気持ちよくなってほしいわけじゃない。
「感じ易いな。間諜には向かぬ…」
「だ…から、違うの…ヒッ……」
 それでも弄られ続けた秘所は知盛を拒否しない。知盛が無遠慮に剥き出した花芽を捻った。
 望美が軽く達してしまう。
 後ろで望美を打っていた男たちが、その媚態にごくり、と喉を鳴らした。
 そのとき、少女に与えられる手酷い数々を憂慮した時子が女房を遣わせなかったら、望美はこのあと、責め手の男たちに文字通り嬲り者にされていただろう。
 間一髪、望美は時子に保護されたのである。
 平相国の妻・時子。
 彼女の言葉でなかったら、望美は責め殺されていたかもしれない。





    *********





 望美が次に目を開けたとき、その身体は横たえられ、褥に寝かされていた。
 望美はとろんとした目で周りを見ようとし、
「いっ……!」
 肩に走った激痛に悲鳴をあげた。
 気づけばあちこちが痛い。痛いどころでない場所もある。望美はあまりの痛さと心細さに思わず涙を浮かべた。
「……気づきましたか。じっとしていて下さいね」
 不意に聞こえた優しい声は、男のものだった。
 望美の身体が急速に強張る。
 しかし、男の手は望美に触れてこない。
 恐る恐る、望美は男の声のする方を向く。
 望美の視界に入ったのは、あの銀細工の悪夢ではなく、優しげな陽光の髪色の人だった。
「時子様にお知らせを…彼女が目を覚ましましたと」
「とき、こさま…?」
 はっきりしてきた視界には、着物で佇む女性もいて、望美はようやく少し力を抜くことができた。
 掠れた声で問うと、優しい人は、水差しから水を入れて、望美を少し起して持たせてくれた。
 起き上がる際に激痛が走ったけれど、水は欲しい。
 少しずつ口に含むと、自分でも驚くほど、ほっとした。
 ほーっと長い息を吐いた望美に、優しい人はふふっと柔和な微笑みを向ける。
「落ち着きましたか?」
「は、はい…あの、あなたは…?」
 ここでようやく、彼は名を名乗ってくれた。
「僕は武蔵坊弁慶。平家で抱えられている薬師のひとりです、よろしく、お嬢さん」
 望美はその優しい笑顔にホッとした。
 これがこのとき、望美の仇敵ともなる男との最初の出会いである。
 これが運命だったことを、彼も彼女もまだ知らない。