紅の焦燥





葉明分のみの抜粋です



 望美は気を入れ直し、真剣に数字に取り組む。
 ――――そうなのだ。
 このnとかいう敵を倒さなければ、楽しい夏休みはないのだから。
 ……とりあえず杞憂を頭の隅にと追い遣って、目の前の難攻不落な敵に取り組み始めた望美は、気付かなかった。
 将臣は戦で鍛えられた勘で顔をあげた。まずい。
 悟った将臣が望美をつつく前に、ひんやりとした声が降ってきた。
「随分ご接近だね、姫君?」
 望美は心底びっくりする。
 この声を聞き間違えたりしない。
 たとえ聞いたことがないほどに冷たい声だったとしても。
「えっ、ヒ、ヒノエくんっ?」
 まだ来ない。
 もう少し後だろうと思っていた恋人は、超絶不機嫌な顔で自分の後ろに立っていた。
 そのまま望美は後ろに引き倒されてしまう。
「きゃっ」
「久々にお前に会えると思っていたら、将臣と随分仲がいいじゃないか」
「そ、そんなんじゃないよ!」
 望美は必死なのだろうが、真っ向から否定された将臣はわずかに哀愁を漂わせた。
 ヒノエはまだ満足しない。
 ぐい、と机の上を覗き込むように割り込んできた。
「顔をそんなにくっつけて、いったい何をやってたのさ。………数列?」
 テキストを取り上げ、しばらく読んでいると、チラリ、と望美を見る。
「もしかして、またテストかい?」
「……そう」
 すでに春先に、テストに苦しむ姿は見られている。
 望美は恥ずかしくなって、いじけたように横を向いた。
(……なるほどね)
 だいたい事情は読めた。
 大方、自分が来る前に全部終わらせておこうとしてくれたのだろう。
 いつも滞在できるのはごく僅かな日数だから。
 理解はできる。
 そして嬉しい。でも、気に食わない。
 いつでも望美の傍にいられる、彼女を一番に優先できて、力にもなれる―――将臣が。
 そして決して望美を一番にしてやれない自分。
 抑えきれない焦燥が胸を焼いた。