それは和議のなった日から月が一巡りした頃。
中納言に返り咲いた平知盛が結婚したとの噂が広がった。
相手は梶原家の養女で二の姫と呼ばれる姫。
白龍の神子である。
誰にも溺れなかった知盛が梶原の京邸には足繁く訪れるのに、人々は驚いた。
最初は政略かと思われたこの婚姻は、和議の夜に咲いた恋ゆえかと、人々は噂しあった。
さりとて、はぐらかすのが得意の知盛相手。
真相は誰の耳にも届いていない・・・・。
その身を飾るもの
「知盛っ?」
京邸で知盛を迎えたのはいつもと変わらない望美の笑顔。
けれど、その身を飾る衣装が異なった。
「珍しいね、こんな時間に」
まだ昼下がり。いつもは夜に訪れる恋人の突然の訪問に、望美は驚きながらもにっこりと微笑んだ。
「・・・・・時間が空いたので顔でも、と・・・。また・・・夜も来るが。・・・珍しい姿だな」
「あ、これ?えへへ、景時さんが取り寄せてくれたんだ。新しい妹にって」
似合う?
その場で望美は一周くるりと回る。
可憐でしかも絢爛な柄は望美によく似合う。
上質な生地の使われた表着はすべらかな織目で肌触りも良いだろう。
しかし、知盛は眉根を寄せた。
「・・・・どうしたの?・・・・似合わない?」
「・・・・・・」
怪訝に望美が知盛を見上げると、知盛は不意に望美を抱き上げた。
「きゃっ・・・・・」
無言で怒っているらしい知盛の様子にただ望美はオロオロするばかりである。
知盛が何を怒っているのか見当もつかない。
まだ会話らしい会話もしていないのに。
「ねえ、降ろして?重いでしょう?歩くよっ」
じたばたと暴れるものの、衣装の重みで望美は思うように動けない。
知盛はすたすたと邸内を進んでいく。
もう勝手知ったる様子で進む様子は華やかな中に威容がある。
誰も押しとどめられない。
「あっ、分かった!外に簡単に出るなって言うんでしょう!」
思いついたように望美が言うも、嘆息されて、終わり。
「・・・・・それもだ」
「それもーっ???」
言ううちに、望美の室に到着し、望美はようやく降ろしてもらえた。
しかし、ほっとするのもつかの間。
「んっ・・・・・」
唇を息ごと吸われ、表着がそのしなやかな背から滑り落ちた。
抵抗は巧みに封じられ、しゅるしゅると衣の解かれる音と口内の水音だけが鼓膜に響く。
この時代の着物は幾重にも重ねられ、体つきは完全に隠されてはいる。
しかし、実際は二本の紐のみで纏められているため、それさえ解けば女性は簡単に裸になるのだった。
「や、知盛っ、こんな時間に・・・・!」
望美が恥じらい知盛を押しのけると、知盛は更に不機嫌になった。
床に落とされた着物の紐をさっと取り上げると、望美の両手を後ろ手に縛り上げてしまう。
「知盛・・・・・!」
さすがに望美が怒ると、知盛は裸身の望美を抱き上げ、奥の塗籠へと入った。
「・・・・ここならば見られないぞ」
「そういう問題じゃない!解いて!・・・・っ」
知盛は構わない。
片手と唇は丸みの綺麗な胸を揺らすように弄び、片手は薄い腹と下肢をなぞるように往復した。
くすぐったいような弱い刺激。
いつも感じてしまう箇所は器用に避けられているから、声をあげるには至らない。
至らないのに。
「・・・・・あっ・・・・」
だんだん体に火がつく。
知盛に開発された体はかすかな刺激にも快楽を見つけ、従順にそれを追うのだ。
疼きが溜まり、もどかしい。
そして塗籠は暗く、知盛さえ満足に見えない。
寂しい。
「・・・・・腰が揺れてきてるぜ・・・?」
「・・・・やあっ・・・・」
知盛のけだるげな声は望美の好きな声。
言われた内容に羞恥がさし、声音にぞくっと望美の女が煽られる。
こらえようとしてもこらえ切れなかった。
胸の頂さえも弄られず、花芯にも触れられていないのに、じわりと染み出していくのが分かる。
恥ずかしい。
知盛は服さえ乱れていないのに。
「知、盛ぃっ・・・・」
せつなげに呼ぶ声は、いつも知盛をこの上なく煽るもの。
夜目がきき、望美よりも視界のはっきりしている知盛は望美の様子もよく見える。
羞恥に震え、それでも感じる望美に少しずつ、知盛の不快もおさまる。
きっともう、望美は自分のことしか考えていない。
「望美・・・・」
囁いて、望む場所に指を差し入れる。
そこはもう、無限の泉のようだった。
☆
めくるめく時を過ごした後、戒めを解かれた望美は情事の名残の火照った体を知盛の装束で隠す。
知盛が灯りに火を点し、闇の中知盛の美貌が浮かび上がった。
いつも綺麗だな、と、望美は怒りを忘れ、見惚れてしまう。
「ねえ、何で怒ってたの」
「・・・・・・・」
知盛は答えない。
「・・・・・もう。・・・着物、皺になってないかな」
「別に構わん・・・・」
また少し苛立った風情の知盛にさすがに望美も気付いた。
「まさか――着物?何で?やっぱり似合ってなかった?」
「・・・・・いつもの方がいい」
「うう、でもたまには・・・・」
「・・・・・・そんなに着たければ、俺が贈る」
それまで着るな。
続けられた言葉に望美は目を見張る。
「え、でも景時さん、妹にってくれ・・・・えええ?ヤキモチ?!」
「・・・・・そんなに驚くことか」
「えっ、ホントに?だって初めてだよ!」
こうなってしまえば、望美は浮かれるばかりだ。
知盛の拗ねた顔も、不機嫌な表情さえも、喜びを増すばかり。
「やだ、そうだったの?えへへ、嬉しい・・・・」
浮かれる望美とは対照的に苦虫を潰した表情の知盛だったが、本気で嬉しそうな望美に怒っても無駄とばかりに息を抜いた。
自分の装束にくるまった望美を後ろから衣装ごと抱き締める。
「・・・・お前は俺にだけ飾られていろ」
―――それは胸に小さく咲いた赤い花も。
後日。
京邸の望美の室を埋めつくさん勢いの衣装が知盛より届いた。
表着・唐衣はおろか単や小物にいたるまでの贈り物に朔は怒りたいやら呆れるやら・・・
そのなかに扇だけはなかった。
それは望美の小さなおねだり。
知盛の最後の妥協点。
Fin.