将臣君と譲君は幼馴染。
物心つくくらいにはほぼ一緒。
よく「付き合ってるの?」なんて聞かれるけど、・・・・どうかなあ?
友達よりも近くて、家族より遠い感じ?
恋人と比べて、なんて言われても、ピンと来ない。
それがちょっと変わったのは・・・・あの夏からかもしれない・・・




幼馴染の定位置で




「むー・・・・・・」
「そんなメール睨みつけたって、兄さんは帰ってきませんよ、先輩」
「譲君」
「はい、どうぞ」

有川家の居間で望美は窓際のノートパソコンと睨めっこ。
画面には「まだもうちょっと」とだけ書かれたメールが1通。
この家の長男からの旅先からのメール。
・・・・・ちなみに望美には1通もない。

「あ、ありがと。・・・・・んっ、美味しい!」
「まだありますからね」

受け取ったパンナコッタは可愛らしくベリーのソースに飾られ、ミントが揺れている。
譲のデザートは甘さも彩りも望美の好みにぴったりだ。
微笑む譲に望美も笑う。

「大好き!」
「ハハハ」

困った人だな、と譲は笑うが、ホントはそれどころではない。
心臓に悪いやら、後で落ち込むやら・・・・・やっぱり嬉しいやら。
どうせケーキのお礼にすぎないと分かっていても。

顔を整えて譲が振り返ると、やはり望美は膨れっ面。
まだメールを睨んでいる。
少し、本当は寂しい。
けれど・・・・

「・・・・・・すぐ帰ってきますよ、兄さん」
「うん・・・・・・」

宥めてみたが、望美は沈んだ顔のままだった。








「遅いっ!」
「ワリィ、ワリィ」

絶対に悪いなんて微塵も思ってない顔で将臣はやってきた。
望美は諦めたようにため息をひとつついて、笑顔に変えた。

「お帰り!」

将臣は夏休みも終わろうかという頃にようやく帰ってきた。
メールで一言「帰る」と寄越して。
帰ってくる時間は譲君が電話して、説教しながら聞きだしたんだけど。
望美は迎えに来たのだ。

「・・・・・それで?」
「おお、ホント綺麗でさ。望美が見たがるかなっていう景色が盛りだくさん!」
「・・・・・・へえ」
「・・・・・・なんだよ、その気のない返事は」
「だって・・・・」

本当にこの1ヶ月間、たった1回も連絡をくれなかった将臣。
帰ってきたら日に焼けて、まるで別人のよう。
それでそんなことを言われたって。

「・・・・まあイイケド」
「何だよ。1回もメールしなかったことかぁ?」
「それもだよ。そんなに綺麗な景色なら、写真くらい送ってくれてもいいのに」

将臣は苦笑した。
いくつもの景色、極彩色の魚。
何を見ても聞いても、思いは望美にしか繋がらなかった。
聞かせたい。
見せたかった。
でも。

「一度もメール送らなかったのはそっちもだろ?」
「意地になってたんだもん」
「ブッ」

ああ困るよな。膨れっ面さえ可愛いと思うなんて。


――兄さんはずるいよ。先輩は兄さんの話ばかり、してた――


「・・・・・帰ってきて、ってお前言うだろ」
「・・・・・言っちゃうから、メールしなかったんだよっ」
「ふっ・・・・・だな!俺も、聞いちゃうと帰っただろうから、連絡しなかった・・・・・」

甘い沈黙が降りる。
どことなくドキドキして、急に大人びた将臣に目を奪われる。

「こんなに長い間離れてたのは、初めてかもな」
「・・・・・・そうかも。・・・・・寂しかったよ」

春も夏も秋も冬も。
どこに行くのだって、一緒。
修学旅行だって。
今、日焼けした将臣が遠い。
初めて望美は将臣に距離を感じた。

「・・・・・離れて・・・・我慢できるか、知りたかった」
「え?」
「・・・・・・・、何でもねえよ」

弟の譲に、どうしても1歩引いてしまうけど・・・・。
譲れないかどうか、心に問いたかった。
本当にこの気持ちが恋か、知りたかった。

答えは、分かってたかもだけど。

「なあに?」
「ホントに何でもねえって!・・・・・早く帰ろうぜえ」
「うん!今日は私も一品作るんだよ!」
「・・・・・薬局寄ってイイデスカ」
「だめ!」

当たり前のように望美が手を伸ばす。俺と手を繋ぐ。
離れる前と変わらない距離。
これも壊せない、大事なもので。
まだ踏み切れない。
でもやっぱり、どこまでも望美は大切で。
誰にも渡せない、護る役目。



俺達は次の夏を前に、1ヶ月どころでなく離れ、敵将として対峙することになる。
これはその前の夏休みの話。
俺が俺を、こっそり望美を試した話。


Fin.