将臣君と譲君は幼馴染。
物心つくくらいにはほぼ一緒。
よく「付き合ってるの?」なんて聞かれるけど、・・・・どうかなあ?
友達よりも近くて、家族より遠い感じ?
恋人と比べて、なんて言われても、ピンと来ない。
それがちょっと変わったのは・・・・あの夏からかもしれない・・・
幼馴染の定位置で
「むー・・・・・・」
「そんなメール睨みつけたって、兄さんは帰ってきませんよ、先輩」
「譲君」
「はい、どうぞ」
有川家の居間で望美は窓際のノートパソコンと睨めっこ。
画面には「まだもうちょっと」とだけ書かれたメールが1通。
この家の長男からの旅先からのメール。
・・・・・ちなみに望美には1通もない。
「あ、ありがと。・・・・・んっ、美味しい!」
「まだありますからね」
受け取ったパンナコッタは可愛らしくベリーのソースに飾られ、ミントが揺れている。
譲のデザートは甘さも彩りも望美の好みにぴったりだ。
微笑む譲に望美も笑う。
「大好き!」
「ハハハ」
困った人だな、と譲は笑うが、ホントはそれどころではない。
心臓に悪いやら、後で落ち込むやら・・・・・やっぱり嬉しいやら。
どうせケーキのお礼にすぎないと分かっていても。
顔を整えて譲が振り返ると、やはり望美は膨れっ面。
まだメールを睨んでいる。
少し、本当は寂しい。
けれど・・・・
「・・・・・・すぐ帰ってきますよ、兄さん」
「うん・・・・・・」
宥めてみたが、望美は沈んだ顔のままだった。
☆
「遅いっ!」
「ワリィ、ワリィ」
絶対に悪いなんて微塵も思ってない顔で将臣はやってきた。
望美は諦めたようにため息をひとつついて、笑顔に変えた。
「お帰り!」
将臣は夏休みも終わろうかという頃にようやく帰ってきた。
メールで一言「帰る」と寄越して。
帰ってくる時間は譲君が電話して、説教しながら聞きだしたんだけど。
望美は迎えに来たのだ。
「・・・・・それで?」
「おお、ホント綺麗でさ。望美が見たがるかなっていう景色が盛りだくさん!」
「・・・・・・へえ」
「・・・・・・なんだよ、その気のない返事は」
「だって・・・・」
本当にこの1ヶ月間、たった1回も連絡をくれなかった将臣。
帰ってきたら日に焼けて、まるで別人のよう。
それでそんなことを言われたって。
「・・・・まあイイケド」
「何だよ。1回もメールしなかったことかぁ?」
「それもだよ。そんなに綺麗な景色なら、写真くらい送ってくれてもいいのに」
将臣は苦笑した。
いくつもの景色、極彩色の魚。
何を見ても聞いても、思いは望美にしか繋がらなかった。
聞かせたい。
見せたかった。
でも。
「一度もメール送らなかったのはそっちもだろ?」
「意地になってたんだもん」
「ブッ」
ああ困るよな。膨れっ面さえ可愛いと思うなんて。
――兄さんはずるいよ。先輩は兄さんの話ばかり、してた――
「・・・・・帰ってきて、ってお前言うだろ」
「・・・・・言っちゃうから、メールしなかったんだよっ」
「ふっ・・・・・だな!俺も、聞いちゃうと帰っただろうから、連絡しなかった・・・・・」
甘い沈黙が降りる。
どことなくドキドキして、急に大人びた将臣に目を奪われる。
「こんなに長い間離れてたのは、初めてかもな」
「・・・・・・そうかも。・・・・・寂しかったよ」
春も夏も秋も冬も。
どこに行くのだって、一緒。
修学旅行だって。
今、日焼けした将臣が遠い。
初めて望美は将臣に距離を感じた。
「・・・・・離れて・・・・我慢できるか、知りたかった」
「え?」
「・・・・・・・、何でもねえよ」
弟の譲に、どうしても1歩引いてしまうけど・・・・。
譲れないかどうか、心に問いたかった。
本当にこの気持ちが恋か、知りたかった。
答えは、分かってたかもだけど。
「なあに?」
「ホントに何でもねえって!・・・・・早く帰ろうぜえ」
「うん!今日は私も一品作るんだよ!」
「・・・・・薬局寄ってイイデスカ」
「だめ!」
当たり前のように望美が手を伸ばす。俺と手を繋ぐ。
離れる前と変わらない距離。
これも壊せない、大事なもので。
まだ踏み切れない。
でもやっぱり、どこまでも望美は大切で。
誰にも渡せない、護る役目。
俺達は次の夏を前に、1ヶ月どころでなく離れ、敵将として対峙することになる。
これはその前の夏休みの話。
俺が俺を、こっそり望美を試した話。
Fin.