月の光は知盛を連想させる。


きらきらと光る銀色。
硬質な光を放つ髪。
冷たい刃。
手が届かないところも。
手を、伸ばしそうになるところも。






銀月に想う






将臣が知盛を探しあてたとき、男は中空の月を見て淡く微笑んでいた。

「―――ご機嫌だな」
「・・・・有川・・・何か用、か・・・・・?」

こちらを向いたときにもその笑みは健在で、将臣は少し意外に思う。
本当に上機嫌なようだ。
大好きな戦であっても前日からこんな顔をする男ではない。
ましてや明日は・・・・・・

「・・・・・・用って訳じゃねえよ。あえて言うならこれか?」
「ほう・・・・珍しい気の回しようだな・・・・・」

将臣は酒を掲げて苦笑した。
知盛がそのまま腰を下ろしたので、将臣もそこに座る。
ふと気づくと、知盛はまた月を見上げていた。

「なんだよ、月なんか見て」
「いや・・・・・・」

薄く微笑んで杯を干す。
どんな仕草も妙にきまるこの男の世話を焼くのを、将臣はたぶん、嫌いではなかった。
何でもやれるくせに、何もしない男。
何も語らない。
何を考えているか、分からない。

・・・・それでも、聞いておかなければならなかった。

「・・・・・・明日、来ると思うか」

誰が、とは言えない。
言いたくない。
それは願いのようでもあった。
しかし知盛は、それをいとも簡単に打ち砕く。

「来るさ・・・・でなければ、つまらん・・・・・」
「・・・・・・・っ」
「兄上の・・・・・撫子の君の、ことだろう・・・・・?」

将臣は痛みに眉を顰めた。
気づいていなかったとは言わない。
熊野で望美の振るう力を見たときから、じくじくと痛むもの。
それでも。

「――――戦うのか」

あのとき、一緒に連れて行けばよかったのか。
いや、こんな劣勢に巻き込めない。
思考はすぐにいれかわり、ループした。
答えが出ない。
焦燥する将臣に、酷薄に知盛は哂った。

「戦うから・・・・・俺は、嬉しいんだぜ・・・・・?」
「なっ・・・・・・」

知盛は視線を月に移す。
あの熊野の出会いから、幾度となく思い返し、眺めた月。
満月の舞姫。

「戦う時なら・・・・あれは俺だけを見る・・・・」

ともに戦う、そのたびに怨霊にさえ嫉妬した。
横では駄目だ。
前に立ちたい。
あの烈火の瞳を独占したい―――

「―――――知盛、お前・・・・・」

ここでもし、将臣が続きを言うことが出来たら何か変わっていたかもしれない。
だが、結局将臣は口を噤んだ。
戦わせようとしているのは、自分だ。

黙ってしまった将臣に、知盛は酷薄に笑う。
将臣の想い人でなければ、奪っていただろう女は、月に似ている。

鮮烈で、清らかで、峻烈。
夜の闇にこそ強く輝く光。

知盛は杯に月を映してそれを干した。

「じゃあ・・・・な」

それは誰に対して言ったものだったのか―――
杯を置いて行ってしまった男を、将臣は引き止めることが出来なかった。













望美は遠く、赤い旗を見つめる。
平家の一団。
人影までは、まだ見えない。
その中にあの人もきっといる――――

恋うことも罪な相手。
届かない。
届かせてはいけない。

「望美・・・・・・?」
「あっ・・・・朔」

思考の海に沈んでいた望美は顔をあげた。
憂えた瞳の対に、微笑を向ける。
心配させちゃ駄目だ。

「出発?」
「・・・・・・ええ」

何でもない顔で立ち上がった望美が痛々しくて、朔は一層表情を曇らせた。
・・・・・さっきまでの表情と笑顔はかけ離れて、隠されて。
みんなの見ているあなたと本当のあなたは、一体どれだけ違うの?


――――知盛・・・・


儚い声。
夢の中でしか呟けない想いを、自分も知っているのに。

(何も出来ないの、私・・・・・!?)

「の、望美・・・・」
「朔」

言いかけた言葉を、望美が笑顔のままで遮った。
朔は言葉を飲み込まざるをえない。

「ありがとう、朔。・・・・・知ってるんだね」

綺麗な顔。
いつ見たときよりも綺麗な顔。
朔は泣きたくなる。

「何か私に出来ることはないの・・・・!?」
「朔・・・・・・」

できること?
望美は目の前の優しいひとを、どこか遠い気持ちで見つめる。

できることなら、いくらでもあった。
でももうない。
だって今から、戦う相手、でしょう?


それとも―――これくらいは許される?

暫くの逡巡のあと、望美は朔に、願う。

「・・・・・朔、では、お願いしてもいい・・・・・?」






戦わない運命はないでしょう。
ここまできて、私以外のために死ぬなんて無しでしょう。
そして私は死ねないから。






「よう・・・・一人、か?」
「ええ・・・・あなたも一人?」


御座船の上、二人きり会いまみえて、刃を交わす。
あなたひとり。
私ひとり。


「逢瀬に・・・・余計なものは、いらんだろう・・・・・?」
「・・・・・・逢瀬、ね」

ここが船の上でなければ、嬉しい言葉だったかもしれない。
二人一緒に逝けるなら、それもよかったかもしれない。

だけど。

望美はまだ、諦められないのだ。すべてを。

「・・・・・知盛、好きだったよ」
「クッ・・・・・・」

唐突な告白に、知盛が笑った。

唐突さに?
退かない剣に?
告白自体に?
それとも――――過去形に?

「俺もだ・・・・・源氏の神子」

望美と呼ばず、知盛も返した。
望美はその「答え」に哀しく微笑んだ。

届かない想い。
届かせてはいけない想い。
あなたも私ももう、決めている。


空の月は重なり合わない。


望美は顔をあげる。


「―――さあ、知盛、舞を合わせましょう」


この運命は終わらせよう。
そして次のあなたに会いに行こう。




何度でも跳ぶよ。
私は月に、手を伸ばし続ける。