事の発端は簡単なこと。
テーブルの上に無造作に置かれた免許証。
そこに書かれた生年月日。(年は適当に合わせたとしても)
「・・・・・・・・・え?」
望美は一瞬絶句し、乙女としての自分を激しく叱りつける羽目になった。
まさかそんな運命的な
「・・・・・・?それが・・・・・?」
「それがじゃないわよ!知盛の馬鹿っ!」
自分の誕生日は祝ってもらった。
きっと将臣からでも聞いていたのだろう。
あるいは譲の指導の賜物かもしれない。
期待してなかったのに、誕生日に部屋に行くと、当然のようにケーキとプレゼントがあって、望美は感激した。
絶対内緒で自分もしようと思っていた。
忘れた頃にでも探ろうと機会を窺っていて。
それが。
「何故そんなに怒られるやら・・・・・」
至極面倒そうに、知盛が言うから、望美の怒りはおさまるばかりか加速の一途を辿る。
「怒るわよ!言いなさいよ、今日は俺も誕生日だとか!!」
合わせてくれただけなのだろう。
頭では理解している。
知盛の生きたあの場所に「誕生日」という概念はなくて、だからそれを祝う習慣は彼にはない。
それでも祝いの態勢を整えてくれたのは、きっと誰かの入れ知恵で、それでも知盛のなけなしの優しさで。
そこが限界で。
――――彼は自分をも祝おうという気なんて更々なかっただろう。
それでも!
「言ってくれたら・・・・せめておめでとうくらい言えるのに・・・・・」
当日言われてもそれくらいしか出来ないが、後から知らされるより余程いい。
それに倍は嬉しかっただろう。
恋人と同じ誕生日。
嘘みたいなサプライズだ。
「こんな風に怒って知りたくなかったよ・・・・!」
「・・・・・・怒っているのはお前だろう・・・第一、そんなにおめでたいか・・・・?」
知盛にしては何気なく言った言葉だったのだろう。
だが、それは、望美の地雷の最後のスイッチを正しく踏んだものだった。
「・・・・・・・・バカッ!!!」
叫んで食らわせた平手一発。
神子姫様の攻撃力はいささかも衰えることなく。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
痛みのあまり、知盛はそこを動くことが出来なかった、のかもしれない。
☆
「・・・・・・・・・今度は何です」
既に駆け込み寺と化している有川家のリビングで、望美はまるで酔っ払いのように、ガンッ!とグラスを机に叩きつけた。
ゆらり、オレンジジュースが揺れる。
「重要なことようっ!!」
譲は暫し、「そうですか」と「そうですね」のどちらを言おうか、迷った。
本音的には「そうですか?」にしてみたい。
将臣が望美に見えない角度で苦笑している。
真正面の譲にそれは出来ない。
「それで?・・・・・話してみて下さい、先輩」
良心をかきあつめて、譲は聞いた。
十中八九、惚気に近いと分かっていても。
「知盛と誕生日が同じだったの」
「へえ!そういや似てるよな〜」
「・・・・・どこがだよ。先輩、それで?」
望美はそこで黙ってしまったから、譲は促すしかない。
どう考えても、それで何かの不都合が起こるとは思えないから。
・・・・・・・・・いや、待て。
「同じ・・・・・じゃあもう過ぎちゃいましたね。それでですか?」
今日知った、ということか。
適当につけたアタリは的を得ていたようで、望美がコクンと頷いた。
悔しそうな、歯がゆそうな、怒ってるような、赤い顔。
(可愛いなあ・・・・・・)
手が届かない今もそう思う。
簡単に他に目が向かない。
それくらい、可愛い人。
「・・・・・・いいじゃないですか、それくらい」
「それくらいー!?」
「ええ、それくらい、です」
将臣は、珍しく望美に迎合しなかった弟にふと顔を上げた。
穏やかな穏やかな、笑み。
将臣は緩く苦笑する。
時間は、流れている。
「これからいくらでも祝えます。今回間に合わなかった、それだけです」
にっこりと笑った譲に、噛み付く勢いをなくした望美がむう、と押し黙る。
譲は新作のデザートをスプーンで掬うと、はい、と望美の目の前に掲げてみせた。
素直に開く口と、差し込まれるデザートの甘い香り。
「・・・・・・・美味しい」
「はい、いい笑顔です」
「・・・・・・先生かなにかみたい、譲君」
「そうですかね?」
「そうだよ・・・・・」
だんだん心が凪いできたようだ。
将臣はもう一度苦笑すると、望美の背を適当に叩いた。
「ほら、送るぜ。・・・・・どうせ派手に出てきたんだろう?」
望美は出てきたときの張り手を思い出し、ちょっと赤くなる。
「どうして分かるの・・・・?」
「わからいでか♪」
軽く笑う将臣に、望美が照れたように笑った。
それでも。
ここまで派手だとは将臣も思っていなかった。
「・・・・・・・・よう」
「・・・・・・・なんか、ゴメンな、知盛・・・・」
「貴様に謝られる話ではない・・・・」
端麗な頬が明日には腫れあがるんじゃないかというくらい、赤い。
犯人は絶対に望美だが、それを見た瞬間、望美は知盛の部屋の奥に走っていった。
音から察して、氷でも探しているものか。
「・・・・・・面倒か?」
少し哂って聞いてみる。
これで、少しでも面倒だと言ったものなら。
・・・・・・・言ったものなら?
けれど期待は正しく裏切られる。
「いや・・・・・俺にはちょうどいい」
「・・・・・・そうかよ」
その言葉に嘘はなく、飾りもない。
ほら行け、と将臣はドアから一歩下がった。
奥から切羽詰った、知盛を呼ぶ望美の声。
ドアはゆっくりと閉まる。
時間は流れている。
動き出せてないのは、きっと、俺だけ。
「大丈夫?大丈夫っ?知盛・・・・・!」
氷を袋に入れて、押し当てて、望美が泣きそうな顔をしている。
知盛は呆れたように苦笑した。
「お前がやったんだろう・・・・」
「うう・・・・・そうなんだけど」
ここまでひどいとはちょっと思わなかった。
反省しきりの望美の俯いた顔に、もうひとつ苦笑する。
相手が誰でも、渡せない女。
「・・・・・・・来年は旅行にでも行くか」
「・・・・9月23日?」
「ああ・・・・・嫌か?」
にやり、とでも形容されそうな、意地の悪い笑顔が腹立たしい。
―――でも、好き。
「嫌なわけない!嬉しいよ!」
「クッ・・・・・それは重畳・・・・」
抱きついた望美の腕に、知盛ははっきりと優しい笑顔を浮かべる。
この数ヶ月で、すっかり嘲笑よりも浮かべることの多くなった笑みを。
「遅くなったけど・・・・誕生日おめでとう、知盛。・・・・・誕生日って、おめでたいんだよ?」
付け加えられた望美の言葉に、少しの苦笑。
誕生日が同じ―――
偶然に過ぎなくても、それはきっと、運命のひとかけら。