誰も疑っていなかった。
望美こそ―――桜姫こそが、平家再興の功労者であると。

桜散る春、飛沫輝く夏、幽玄の秋、静寂の冬。

そのすべてにかの人はいて、これからもいてくれるのだ、と。

ただ一人、選び選んだ男のゆえに―――






蜜月の夜に






望美は昨日とうってかわって家具の新調された部屋に驚いた。

「・・・・・・・これは一体・・・・?」

和議が行なわれてから、もう数ヶ月が経っている。
平家の還殿上も滞りなく、政権は安定の様相を見せてきている。
望美も何度か「桜姫」として殿上したものの、多くの誘いを断り、すっかり平家の奥に籠もっていた。
理由の一つに、療養がある。
応龍に同化した身は、外見こそ外傷の一つもなかったが、やはりひどく衰弱していた。
その危うく頼りない様子が、一層儚げな色香を沿え、望美を映えさせたのだが・・・・


天下よりも御身を。
―――平家の忠節に、その美しさは心配を煽るばかりだったようだ。


忠度が苦笑。
更には知盛が意外にも働いたことで、望美の「仕事」は早々に落ち着いた。

とはいえ、まだ忙しない時期。
望美の教えた「誕生日」も過ぎて久しい、のに・・・・?

「・・・・・・・・分からぬお前ではあるまい」

柔らかく、しかし深淵のごとき深みのある声音。
普段はただ冷たいそれが、こと身内に関してだけこのような趣を添えることを、望美はよく知っている。

「知盛・・・・・・・」

さら、とほとんど音もさせず望美の御簾の内に現れた男を、望美は驚愕の目で見つめた。
ついで、時子がその背後、知盛の沓をそっとその懐にしまうのを見て、尚更に絶句する。

「どうして・・・・きょう、今日は、あなた・・・・!」
「―――俺は要らぬと言った・・・・」
「あなた一人の問題ではないでしょう!再び源氏との間に亀裂が―――・・・!」

望美の激昂を、知盛はたやすく受け止め―――
封じた。

「んっ・・・・ふ・・・・・」
「・・・・・俺はお前しか、欲しくない・・・・」

望美を酔わせ、追い込ませる口づけを、強引に望美は解いた。
その上でまだ耳に囁きかけられる熱さに、気が遠くなりそうになる。

(どんな思いで認めたと思っているの、この男は・・・・!)

―――鎌倉から正式に、大姫との縁組が持ち上がったのは弥生の頃。
突っぱねるわけにはゆかない。
しかし、誰を?

鎌倉は知盛を名指しにした。

「今日は上京しているかの姫との・・・!」
「お前以外に、興味は湧かぬ・・・・」
「そういうことじゃない!」

巧みに望美を追い、衣を脱がしていく知盛の情熱に押し流されそうになりながら、望美は単衣で知盛を引き剥がした。

「・・・・・・・・」

さすがに知盛も止まる。
望美は息を整えて、そのまま崩れ落ちた。

「俺だけの意思ではない、ぜ・・・・?」
「分かってる・・・・!」

望美だって分かっている。
沓を取ってくれた時子をはじめ、この部屋の調度など、平家一門の理解がなければ絶対に調えられない。
これが婚姻の初夜なのだと、望美はちゃんと理解している。
一門の気遣いなのだと。

でも。

「私はちゃんと大丈夫よ・・・!あなたが通ってくれる、ってちゃんと分かってる!」

分かっている―――源氏との婚姻は政治。
それは絶対に必要なこと。
どうなっても、知盛が自分を見捨てることなどしないことも。
だから望美は覚悟を決めたのに。

「そんなに平家が大事か・・・・?」
「大事よ!」

望美は言い切った。
知盛は落とすように哂う。
一門では、知盛ゆえに望美が残ったと思われているようだが・・・本当にそうなら、どれほど安心してしまえることか。

「・・・・・源氏との縁組は重衡が行った・・・・」
「・・・・・え?」
「あちらの姫が、重衡を名指ししたようで、な・・・・」

知盛は嘘は言わない。
ならばそれは、本当のこと、なのだ。

「同時に俺の婚儀も今日だ・・・・嫌か?」
「・・・・相手は、私・・・?」
「それ以外に、おらぬな・・・・」

知盛の流し目に、望美はここに来て初めて小さく笑った。

「嘘ばっかり・・・・」

姿良く、有能なこの男を欲しがる貴族は多い。
また恋う娘たちも。

「別に嘘じゃないさ・・・」

そう、嘘ではない。
だてにこの年まで浮名を流し続けたわけではない。
欲しいと思うものなど、これまでにはなかった。
この先も、たった一つだけ―――

「抱かせろよ・・・お前を」

跳び込んできた望美を、知盛は大事そうに抱き締め、抱え上げた。








薄明かりさえ差し込まぬ塗籠に、しかし望美の白い肌はよく映えた。
そこだけ眩しく、知盛を導く。

「あっ・・・・!や、やあっ・・・・」
「嫌か・・・・?」
「だ、・・・・って、いつもより激し・・・!」

クッ・・・・と、短く知盛は哂った。
知盛はいつもと変わらない。望んだ相手を抱くだけだ。
違うのは望美の反応。

「アアッ・・・・・っ、あ・・・・!あっ・・・・・」

―――それにより呼び起こされる、知盛の劣情だ。

白い身体。
いつも知盛を優しく迎え入れるはずのそこは。

「くっ・・・・」
「――――・・・・・っ・・・・・!」

灼熱のように熱く潤んでいた。
いつもならまだ、知盛を受け入れないはずなのに。
もう。

「やっ、はっ・・・・・知、盛・・・・っ、止めて、まだ、私・・・・!」

いつもより性急に、知盛が押し入ったことで、望美の身体が甘い悲鳴をあげた。
もっとも、望美の身体がいつもよりも敏感なせいで、負担ではないのだが。

知盛は止まらなかった。
むしろその抽送は加速を増していく。

「あっ、やあっ・・・・・知盛・・・・!」
「―――――愛している・・・・」

囁かれた睦言に、望美が背を大きくしならせた。
きつい締め付けが、知盛に襲う。知盛はそれに逆らわなかった。

「あっ・・・・ああっ・・・・・!」

熱い迸りに、望美が震える。
その震えがおさまりきらない内に、知盛は望美の身体を返し、後ろから柔らかく震える胸をきゅっと摘みあげた。

「ひっ・・・・!」

達したばかりの身体は敏感に反応する。
知盛が再び望美に押し入る。
その間断のなさに、望美が文句を言う暇もない。

「あっ、ああっ・・・・だ、め、も・・・・・!アッ・・・・」

望美の嬌態に、知盛はようやく少しだけその速さを緩める。
そうしていても、望美自身が断続的に知盛を締め上げて、二人を休ませない。

めくるめく夜は更ける。
望美がついに気をやってしまったあと、ようやく知盛も満足し、その身を抱き締めて止まった。






怒るだろうな・・・・少しそう思う。
今日は明らかに無理をさせすぎた。
まだ二晩あるというのに・・・・。

「俺を簡単に諦める癖は・・・・いつ直るやら・・・・な」

何度も好きだと言われなければ、決して許してやれぬ望美の癖。
それがまるで運命のように、望美は平家に献身する。
そんな必要のないよう、この自分が自ら動いているというのに・・・・

望美は知盛ゆえに一門に残ったと、人は思っている。
だが、ただ平家のためだけでも、望美が残ったことを知盛だけは知っている。
知盛ゆえ、と思われていた方が、何かと面倒がないので黙っているが・・・・



知盛は望美の髪を持ち上げ、口づける。

「難儀な女だ・・・・・」

それでも知盛は、望美を諦める気など、更々ないのだ。