その姿を見たときも信じられなかった。
男は何故かスーツを着ていて、最も相応しくないであろう場所――教会にいて。
一番似合う傲慢な笑みを浮かべて望美を待っていた。

平知盛。
京にいるはずの、望美の敵だった男である。





あなたと私の夜の理由





この期に及んでもまだ信じられない。
望美は座ったまま、混乱する頭を必死に回転させている。
何故知盛がここに?
そして、どうして私はここへ?


『よう・・・・・』
『知盛・・・・っ!どうしてここへ・・・・!』
『お前が俺を・・・・呼んだんだろう?』

呼んでない!
咄嗟に言いかけて、知盛の手にあった物に息を呑んだ。
望美が見つけたメダイユ。

『・・・・・・・俺を、待っていただろう?』

望美は答えなかった。
だが、知盛は満足そうに笑い、望美の手を掴むと、歩き出した。

『どっ・・・どこへ行くの?』
『クッ・・・・・ここでやってもいいが、お前は嫌・・・・だろう・・・?』

その声音は鈍感な望美さえ赤面させた。
知盛の目的も、行き先も想像はついた。
確かに教会でなんて、嫌。
しかしそれ以上に・・・・・・

(なんで教会がどういうとこか、知ってるの?)
(どうして連れて行くの?)
(どうしてついて行くの、私―――)


答えの出ぬまま、今に至る。
途中拾ったタクシーで着いたシティホテル。
フロントに行った知盛を、望美は待っている。
何故、私、逃げ出さないの?

「待たせたな・・・・・」
「あ、ううん・・・・・」

クッと、何故か知盛が笑った。
また手を引かれるまま歩く。
ボーイが案内してくれた部屋は最上階にほど近い。
繋がれた手が、緊張で汗ばんでゆく。
望美は結局一言も口を開けない。

そして案内された部屋で、ボーイがさがった時、知盛が動くより早く、望美は窓際に駆け寄った。

「わ・・・・わー、綺麗!」

僅かに声が上ずる。当たり前だ。
和議は成した。
荼吉尼天を追って還った現代ではもう違っても、望美にとって知盛は敵方である。
かつての仇敵。
そして、平家の違う顔を見せ、望美の原動力にもなった男。
いつしか望美の中で、特別な位置を占めてはいたけれど、それが好意だけでないことは事実だった。
相容れないはずの男。
そんな男と、自分は何故、こんなところにいるのだろう?

「フン・・・・気に入ったか」
「ま、まあね・・・・」

ゆったりと近づいてきた男にドキドキする。
悔しい。
こっちばかり、ドキドキして。

「んっ・・・・・・も、知盛・・・・!」

背後の知盛が、髪を掻き分けてうなじを吸った。
思わず洩れた声に、望美は羞恥する。
怒った声は、自分でも甘く聞こえた。

チー・・・・・と音がして、肌が一気に晒される。後ろのファスナーが下げられたのが分かった。
ゾクッと背筋が震える。
すぐにワンピースは肩を滑り、キャミソールが現れた。
お気に入りのキャミソール。それが、何故か、羞恥心を、煽る。

望美は動けない。
眼下の夜景を必死に眺める。窓に映った知盛を見ることが、出来ない。

「やっ・・・・知盛!」

キャミソールだけ残して、ブラが外され、床に落ちた。
何故こんなに手馴れてるのだこの男は!
望美の中で、理不尽な怒りがわく。

「・・・・・・・・嫌か?」

振り返った先、知盛が驚くほど静かに聞いた。
その声にいつもの揶揄や退廃の色はなく、ただ問う、そんな感じだ。
意外な声音に望美も考えた。

―――嫌?

そっと知盛を見つめる。
菫色の、綺麗な瞳に自分が映っている。
私だけを見ている、目。

「嫌じゃ・・・・・ないよ」

知盛がフッと微笑んだ。
そして、口づけが降りてくる。
望美が拒否できる、充分な間を持って。

「んっ・・・・・・」

初めてのキスが、知盛になるなんて思わなかった。
ついばむような、優しいキス。

「ア・・・・!と、知も・・・!」

口づけの合間に、布越しに胸に知盛の手がいく。
大きく撫でられて、もまれて。
口付けも深くなる。
舌が押し当てられて、おずおずと口を開くと、一気にこじ開けられた。
今度は、嵐のようなキス。

「あっ・・・・・アアッ・・・・や・・・・!」

だんだん堕ちていく。意識が、知盛に。
望美はその吐息で知盛を酔わしているとも知らず、ただ溺れた。

下肢に知盛の手が伸びる。
ビクッと震えた望美を宥めるように、知盛が口づけを優しくした。
―――本当に理不尽だ。
それだけで安心するなんて。
嬉しくなってしまうなんて。
理不尽だ、と、思うのに―――





「・・・・・・・・・・クッ」

ヒドイ。
自分から、意を決してキスを返したら、知盛が笑った。
ムカついて、むくれてみる。
まったくどうしようもない男。
そんな表情が、世界で一番似合う男。

「望美・・・・・」

呼びかけられて、望美は目を見張った。

知ってた、の?

思えば神子殿としか呼ばれたことはなかったのに。
しかし、そんな望美の動揺も置き去りに、知盛は勝手に先へと進む。
きっと誰も触れたことのない彼女の聖域へ。

「アアッ・・・・やうっ・・・・・」

ああ、どうでもよくなっちゃいそう。
知盛はキスの合間にも巧みに望美を暴いた。
何度も何度も、高みに駆け上がらされて、初咲きさえ官能の中、望美は迎えた。
責務も世界も放り出して溺れた。






「・・・・・・・・ねえ」
「ん・・・・・?」

ようやく沈んだベッドは本来の使われ方をしている。
休む、という。それがちょっと望美にはおかしかった。
そっと声をかけたら、寝ていると思っていた男からすぐに声は返った。

「・・・・・・また、逢える?」

望美にはまだ分からなかった。
何故ここに、知盛が―――そして自分がいるのか。
どうして抱かれ、抱いたのか。
考える間がなかったのも確かだが、今考えても分からなかった。
でも、いい。
分からなければ知ればいい。
それだけのことだ。
そのために。

「お前が、望むならな・・・」

気だるげな知盛に望美はそっと抱きついた。
抱き返してくれる腕が優しい。

知盛は最初に言った。
「お前が呼んだからだ」、と。
知盛は嘘を吐かない。
それなら、また、呼べばいい。
そうしていつか、分かるだろう。


何故?どうして?
そんなあなたと私の理由も全部。