それは、熊野に入って数日たった日のことだった。
当初の予定を変更して、望美たちは大きく紀伊半島を南下することになる。
逃げた怨霊探しに大忙しだ。

……だから望美は忘れていたのだ。
朔が、ちょっとやそっとでは諦めない事を。






お風呂は危険!






「……で、あのひとの一体どこが好きなの?」
「へっ?」


怨霊探しは難航している。
何せ一緒にいるはずの法皇様が見つからないのだ。
おかげ様で足は棒。
暑いのも手伝って、連日望美たちはへとへとだった。

そんな中、朔にお風呂に入らないかと誘われて、望美が喜ばないわけがない。
でもこれが、失敗だった。


「ど……どどどどこが好き?!」
「ええ、だってちっとも分からないんだもの」

動揺する望美に、朔は本当に分からん、という顔で首を傾げた。

……あのひとというのは、あれだ。
龍神温泉でふと聞かれて、つい口が滑ってしまった彼のこと。
それ以来、聞かれることはなかったから望美もすっかり忘れていたのだが……

「どうして好きか、私にもよく分かれば、もっと応援できると思うの。ね、教えて?」
「お、教えてって……」

どうにも困る。
どうにも苦手だ。

望美は将臣や譲とつるむことが多かったせいもあって、どうにも恋バナが苦手なのだ。
何せ、照れる。
なかなか慣れない。

「あ…あのひとのことは、朔の方が知ってるんじゃないの」

誰に聞かれるか分からないので、……というか気恥ずかしくて、望美もあのひとなんて言ってしまう。

(ば、倍くらい恥ずかしいよ!やだーっ!!)

心の中で叫んでみたが、後の祭りだ。

朔は可愛らしく小首を傾げた。
分からないから聞いてるのに……。

「そうかもしれないけど……。何度考えても、あなたが好きになれそうな人じゃないんだもの」
「さ、朔ひどい…」
「あら、だって本当だもの」

望美の苦笑に、朔は真顔で返してきた。
本気でそう思っているらしい朔に、望美は朔とは反対側に首を傾げた。

「……素敵な人だよ?」
「だからその素敵なところを聞いてるの」
「だ、だからぁ……」

堂々巡りである。

こんな会話は苦手。
照れるし、恥ずかしいし、何だか熱くなってきたし。

そもそも何でこんなところでこんな話を。

「だってここなら二人きりだもの」

大きくなった白龍だって入ってこれない。

「う。……もしかして口に出てた?私」
「そうね、よく一人言は聞こえるわ」

スパッと言われて、望美は一層赤くなる。
……気をつけよう。

「ね、教えて?私、本当に応援したいのよ?」
「……素敵なところが分からないのに?」

容赦なく突っ込まれて、望美は若干いじけたように呟いてしまう。

「そもそもどうしてそんなに熱心なの?」

望美の記憶では、朔だってそんなに恋に熱心な方ではないはずなのに―――
素朴な疑問として聞いてみたら、今度は朔の方が詰まった。

「え、そ……それは……」
「それは?」
「わ、私の事はいいのよ!さ、早く教えて。重要な事なの」
「えええ!?こっちだって重要だよう!」
「重要じゃありません!」

睨み合う事、数秒―――――

息を吐いたのは朔だった。
白い肢体を仄かに染めて、ほう、と朔はため息をつく。

「……いいわ。熱くなってきたし……もう少し、考えてみるわ」
「う、うん!」

静かな水音を立てて、朔はお風呂から上がった。
朔より真っ赤になった望美も、続いて出ることにする。
今は早くお水が飲みたい。

諦めてくれたのだろうか―――
様子を窺う望美を、朔は振り返り、にっこりと笑った。

「今度はもう少し熱くない温泉をヒノエ殿に紹介してもらうわ」
「――――――っ!?」
「今日は熱かったわね〜」

手でぱたぱたと顔に風を送りながら、朔は悠々と立ち去ってしまう。
望美は赤い顔のまま、内心青くなって立ち竦んだ。


(この話……まだ続くの……?!)


熊野の攻防戦に恋バナが加わったのは間違いない。
望美の受難はまだまだ続く。

それから数日―――
朔の納得のいく答えが言えるまで、望美は「あのひと」とまともに会話できない日々が続くのだった。