京に流されて、数か月。
 探し続けていた望美と俺たちは、満開の夜桜の下で邂逅した。



 

 その時の衝撃を何と言っていいか、今も俺は分からない。
 満開の桜の花吹雪の中、ひとり、扇を広げて舞う姿は優艶で、幻想のようで…
 一目見て分かった。
 一目では信じられなかった。
 薄紅の美しい人が、望美であることを。

「―――み君!将臣君ってば!」
「お、おわっ、来てたのか、望美」
「来てたよう」

 何回呼んだと思ってるの?
 京邸の縁側でぼけらっとしていた俺の隣に、いつの間にか望美が来ていた。
 再会して以来、不意に訪れるようになった幼馴染。
 ここに泊まればいいのにな。

「譲君がプリン作ってくれるんだって!久しぶりで楽しみ〜!」

 明るい声音で笑う望美は、やっぱり覚えてるより大人びていて、でも覚えてる通りのしぐさで笑う。
 …そして少し艶っぽい。

「その歳でそんなプリン楽しみにすんなよ」
「あ、そういうこと言う?久しぶりなんだし、美味しいものはいつ食べてもいいでしょ!」
「へいへい」

 内心の動揺を押し隠して軽口にしてしまえば、乗り切ることもたやすくない。
 けれど、

「……桜も散るね」
「あ、ああ…」

 こういう望美はもう別格だ。
 儚げでいて、強さを秘めた瞳。
 以前はなかった色彩が確かに望美を彩って、望美を恐ろしく魅力的に見せるのだ。
 思わず手を伸ばしかける。
 何度それを、押し殺しただろう。

「あ、九郎さん!」

 渡殿の向こうから、九郎が歩いてきて、望美に気づいて反転した。
 そのまま脱兎の如く逃げていく。

「…そんな逃げることないのに」

 分かってない様子の望美に苦笑。
 仕方ないって、望美。
 糺の森で、口を開けていた九郎が思い出される。
 要はお前が綺麗だってことだ。
 あの堅物を腰抜けにするほどな。
 口にはできず、将臣は苦笑するだけだ。
 程なく譲の声がして、望美が駆けだして行ってしまった。
 すぐに俺を呼ぶ声がする。
 可愛い少女だったはずなのに、望美は一人だけ成長して、男ならだれでも虜にしかねない女になっていた。
 それが少し、悔しい。





 望美は今日も気さくに現われて、神泉苑に花見に行こう、と言った。

「あら、いいわね」
「行こう、桜、見にいこう!」

 朔がおっとりと微笑んで、白龍がはしゃいで望美の腕を引く。
 あー、子供って得だ。
 そう思った俺の思考を読んだように、朔がこっちを見て苦笑した。

「……なんだよ」
「いいえ?」

 すっかり微笑ましいものを見る目をされている。
 こういうのは譲だけだったのに。

「まあいいや、景時も行くの?」
「俺っ?…んー、せっかくだから行こうかな、ご一緒していい?」
「はい、勿論ですよ!」

 普段は仕事で飛び回る陰陽師、そして剣の師であるリズヴァーンも快諾して、それでも九郎は行かないと言った。

「だが……お前がどうしてもと言うなら…」

 断った後、小さい声で呟いていたが、九郎、望美は聞いてないぜ。
 兄弟子の妙に可哀相な姿に同情するも、恋敵は少ない方がいい。
 結局、九郎以外の全員で、神泉苑に向かうことになった。
 悪いな、九郎。





 神泉苑。
 そこは、この京の水がめでもある霊地である。
 静かな水面に、まるで絨毯のように桜が降り敷いている。
 望美は嬉しそうに歓声をあげた。

「わ、綺麗。こういうのもいいね」
「そうね、地面では汚れてしまうから…」

 朔が柔らかに微笑んだ。そうこうしていると、白龍が二人を見上げておねだりを始めた。

「ねえ神子、神子達の舞が見たい」
「え、舞?」
「うん、将臣たちは見たって言ってた。私も見たい」

 朔が困ったように首を傾げた。

「白龍、達って…私も?」
「うん、桜の下で二人が舞うと、きっと綺麗だよ!」

 将臣もそれには素直に頷ける。
 望美の艶と、朔のしとやかさ。
 まるで静と動のように対比的な美しさは、どちらかを引き立てるものではない。
 高め合うような美しさだ。
 尚も躊躇う朔の背中を押すように、望美がその手を取った。

「しょうがないなあ…朔、舞おう」

 それこそ桜が綻ぶような笑顔に、釣り込まれるように朔が頷いた。

「…少しなら…」

 そう言いながらも興が乗ったものか、二人舞は終わらない。
 その練度を増し、尚更に美しく、たおやかな一枚絵を紡いでいく。

「…よかった、楽しそうだ」

 景時が妙にしんみりと呟いた。
 その意味を、この時の俺は知らなかったけど、楽しそうな様子は単純に嬉しい。
 朗々と先生が謡い出し、それに合わせるように桜が舞う。

「こんな…どこで習ったんだろう、先輩…」

 見とれながら呟いた譲と同じことを、考えなかったと言えば嘘になる。
 だけどこのときは、ただただ毎日に流されて、望美と再会できて嬉しくて、急に美しくなった彼女に馴染むのに精一杯で…正直それどころじゃなかった。


 聞いておけばよかったんだ。
 戦場で、遇う前に。


 望美と朔の二人舞は、こんな観衆の少なさが惜しくなるほどに見事だった。

 これは桜咲く京の話。
 戦の最中でも平穏だった、まだ幼馴染であれた日のこと。