あの時胸に落ちた熱情が今も俺の心を締め付ける。

女に溺れる自分を見たくなくて、思わず手を離してしまった、俺の天女。
期限のついた、恋。





時間切れ





最初は普通の恋。
ただの暇つぶし。
恋は遊ぶもの。
味わうもの。
落ちるものじゃないんだぜ?
少なくとも、俺は、ね。

「ヒノエくん!」
「やあ、姫君。・・・・・それは?」

六波羅で偶然出会った神子様の八葉の一人が俺らしいと知ったのはつい最近。
ま、可愛いしいいけど。

(いざとなったらトンズラこけばいいわけだし?)

そう思いながらも京邸の日々は、日に日に居心地がよくなってくる。
・・・・・・・まずいな。
そう思う心の一方。

――――どこがまずいのか。
せせら笑うような自分。

どっちが本心か、なんてつい思っちまう。

原因は目の前の神子様―――

「あ、これ?ふふ、ちょっと不恰好だけど・・・景時さんに贈り物なの!」
「へえ・・・お前手ずからかい?羨ましいね」
「そんないいものじゃないよ」

望美が恥ずかしそうに笑う。
白い手に無数の刺し傷。
肉刺も痛々しいけど、この傷は―――景時のためのもの。

「いいや、羨ましいよ。――――特にこの傷が、ね」
「ヒ―――ヒノエくんっ」

恭しく手を取って、軽く傷口を舐める。
チクチクと皮膚が棘のようにオレを刺激する。
望美は驚いたように手を引っこ抜いてしまった。
残念。

「ふふっ、次は俺にも作ってよ」
「こんなことする人に作りませんっ」

するりと逃げる、可愛いお前。
いいよ。
もっと逃げて。
追って、逃がして、いつか閉じ込める。
そんな気分でいるのは気持ちいい。
それでいい、だろ?













「・・・・・・・・・・何を思ってるの?」
「え、・・・・・・ああ、うん、向こうの家族の、こと・・・・」

透き通るような微笑に、動けなくなる。
優しい笑顔。
遠くを思う、その瞳は切なくて強い―――

「――――家族、か」
「ヒノエくん・・・・・?」
「・・・・・・そうだね、天女には天女の場所がある。分かっていたはずなのに・・・・」

いつからだろう?
いつからだったろう?

遊びで追って、逃げるお前に切なさを覚えて。

「どうしたの・・・・・?」

閉じ込めたい。
本気でそう思うようになったのは―――

優しい思いを宿した瞳がオレを見る。
その光はオレのもの?
それとも・・・・・・ふるさとを思う光?

あのときの傷のように、すぐに分かればいいのに。

「ヒノ・・・・・ッ・・・・・っ、ふ・・・・・!」

それ以上言えないように、閉じ込める。
愛して愛して、―――でも奪えないから。
オレは熊野を捨てられない。
お前に故郷は捨てさせられない。
そんな男でいたい。
このオレが、溺れるなんて、冗談じゃないだろう?


ああでも溺れこみそう。
なんて甘い唇―――


「やあっ・・・・・・!な、何するの!」
「何って、気が向いたから、口づけ?気持ちよくなかった?」
「さ―――最低!大嫌いっ!」

そうだよ、そうやって逃げていて。
平和にしたら、お前はきっと帰ってしまうから。
だからそれまでは、ただ追うだけ。
オレの前で、攫える隙なんて見せないで。




「・・・・・・・・・あんたと話す気分じゃないんだけど」
「もう少し要領よくやれないんですか」
「悪いけど、そこまで余裕がないんだよ」




次の日も、それからもずっと、オレはお前を追い続け、最後に逃がしてあげるよ。
還してあげる。
あの日お前の目に浮かぶ涙を見なければ、オレは攫えたかもしれないけど。


「バイバイ姫君」
「ヒノエくんっ・・・・・・」


だからそんな顔、しないで?