まさかこんなことになろうとは。


ヒノエは本気で後悔していた。
いつかの自分を殴って止めたい。
いや、いつかのその前の自分を先に止めるべきか。

「ヒノエくーん!」

愛しい姫君の声も今は無力にオレに響いて。

「今行くよ・・・・・・」

力なく、オレは返した。





やきもち





望美が熊野に嫁いで、もう3年がたつ。
日々はめまぐるしく、ただ輝いて。
オレは夢中だった。
手に入れた天女の煌きに。その甘い声に。


――――夢中になりすぎたのだ。

「ちちえー」
「誰が『ちちえ』だ、『父上』!」
「あはは、ヒノエくん、仕方ないよう」

小さいカタマリがゆっくり歩いてきたヒノエの足にしがみ付く。
ヒノエはそれを、苦虫を潰したような顔で、摘み上げた。
カタマリは新しい遊びのようにキャッキャ笑う。
くそ、可愛い。

カタマリ1号は、オレと望美の最初の子供。
思ったより早く、子供は出来た。
・・・・・・オレが夢中に溺れたせいで。

「そっち重いだろ?貸しなよ」
「やっ!」
「・・・・・・・・」

コイツは可愛くない。
一人目は娘で、まあこいつは可愛い。
望美に似てるし、よく懐くし、頭もいい。
問題は、コイツ。
望美に抱かれている、二人目の、長男。

「もー、この子ってば・・・ふふ、でも可愛いねえ」
「ははうえー」
「はい、なあに?」

望美が幸せそうに笑う。
オレによく似た、オレの息子はオレと日々望美を取り合っている。
望美、そのお前が見てないところでにやりと笑う子供を離せ。
そう言いたいが、敵に望美はメロメロだ。

・・・・・・つくづく計算をミスった。
溺れすぎた。
もっと望美といちゃいちゃする予定だったのに。

「ちちえー?」

舌足らずな望美似の娘は、ヒノエの頭によじ登って、肩にきちんと乗っかった。
この要領のよさは自分似かもしれない。


コイツで止めておくべきだった。


今でもそう思う。
けれど、お預けを食らわされていたのと、望美の魅力は相乗効果だった。
歯止めなんて利くほど生易しいものなら、今望美はそもそも熊野にいないだろう。
―――現在望美は妊娠中である。
結局後悔は先に立ってない。

「ヒノエくん、今度はどっちかなあ?」
「・・・・・絶対女」
「え、そうなの?」
「うん、絶対」

・・・・・・それでも、望美が幸せそうに笑うから。
ヒノエはヤキモチをおおっぴらに妬くことは出来ない。
おとなげないとも思うのだし。

「妹になるのかー、それもいいよねえ」

望美は嬉しそうに腕の中の息子に話しかけ、敵は可愛らしく望美に口づけた。

「んー!可愛い・・・!」
「あー!」

「あー」じゃねえこの野郎・・・・・!
ヒノエは堪忍袋の緒の儚さを噛み締める。

(絶対次は女!望美似の娘ならまだ我慢できる・・・・・!)

ヒノエはギリギリと力を殺し、傍を通る水軍衆を苦笑させた。









―――――夜。
ようやくチビどもが寝静まり、それぞれの乳母に抱えられていった後。

「はー・・・・・落ち着く」
「ふふ、どうしたの?」

望美は可憐に笑う。
ヒノエはごまかすように苦笑した。

「お前が人気者で大変だって話さ」

おかげでこんな風に少しの時間しか、望美を独り占めできやしない。
まったく誤算だった。

「そうかな?だって、自分の子供だもん」
「はー・・・・まったく、もう少しオレだけの望美にしておくべきだったぜ」
「しょうがないよ。授かりものだもん。それに・・・・私は嬉しいけど」

望美は不思議な印象の、透き通るような微笑みを浮かべる。
こんな顔をするようになったのは――― 子供が出来てからだ。

「嬉しいけど。・・・・・ヒノエくんと、家族な実感がわいて」
「それはオレもだけど、オレは恋人も楽しみたかったの」
「やだ、いつまでも恋人は恋人よう」

ふてたヒノエに、軽やかに望美が笑う。
―――その笑顔を見ると、ヒノエもふて続けられはしない。

「相変わらず、姫君はオレを転がすのが上手だね」
「そんなんじゃないけど・・・・」
「いいの、オレは姫君になら転がされていたいんだから」

一度は諦めたヒノエの月。
舞い降りてくれたのは、きっと奇跡。
笑顔で傍にいてくれるなら、これ以上のことはない。

ヒノエの悪戯な手が伸びた。

「やっ、ちょ、ちょっとヒノエく・・・・・んんっ」
「ちょっとだけ。無茶はしないからさ」
「やあ・・・・だ、駄目だよう・・・・ふっ・・・・」

情熱を、それでも少しだけ抑えてヒノエは望美に触れていく。
可愛い、ヒノエだけの顔にヒノエは満たされていく―――

「子供が生まれたら、暫く二人だけで温泉に行かないかい・・・?」
「んっ・・・・ふ、たりで・・・?」
「そう、二人で。・・・・・・四人目はもう少し後がいいけどさ」
「ふふ、・・・・ヒノエくん、たら・・・・っ」


甘い声に酔わされて、二人の夜は更けてゆく。




数ヵ月後、望美が産んだのは、(頭領の希望を半分だけ叶えて)男女の双子だったという。