「ホントに?行っていいの、九郎さん?」
望美はそう言いつつも嬉しそうだ。
ヒノエが船を出すと言い、望美を誘っているところに遭遇した九郎が後押しをしたのである。
九郎は鷹揚に頷く。
「ここは危険もないだろう。たまには休んでくるといい」
戦場での九郎と違い、普段の九郎は割と鷹揚だ。
これが戦場だったら、休憩も嫌うのに(たるんでるとか言って!)
勿論ヒノエは都合がいいから黙って事の成り行きを見守っている。
「・・・・・じゃあ、お願いしていい?ヒノエくん!」
「当然」
ヒノエは気取って手を捧げ取る。
――すべては姫君のお気の向くままに。
海風を帆でつかまえて
ヒノエが持ってきたのは、いつぞやよりもひとまわり大きな船。
法皇の騒ぎの後にヒノエが用意したのは小船だったが、今回は大きな帆を持つもの。
当然、乗員は二人ではない。
「前と同じじゃ芸がないだろう?」
そうヒノエは笑ってみせた。
大きな帆は青い空に映え、それだけで望美を楽しませる。
そして雄大な海。
「こんな大きな船・・・・・さすが別当様だね?」
「あまり苛めてくれるなよ、姫君」
苦笑するヒノエに望美は翳りのない微笑を返す。
最初こそ激昂したけれど・・・・今は、どうしてだったか分かるから、ヒノエを責めようと望美は思わない。
たまにチクリ、とやりたくなるだけだ。
ヒノエも当然、その程度の意趣返しは覚悟している。
・・・・・・嫌われて当たり前とさえ思っていたから。
「頭領!姫さん!美味しいのが釣れましたぜ、捌きやしょうか!?」
二人の視界に入らないよう船尾にいた男たちの一人が大きく声だけを届かせる。
船尾で釣りをしていたようだ。
望美の目がきゅるん!と嬉しそうに輝いて、ヒノエはもう一度苦笑した。
俺との逢瀬より、食い気かよ。
困った姫君だ。
だけど、そんな望美も可愛いと思うから、もう仕方ないのかもしれない。
「やってやってくれ。姫君がお待ちかねだぜ?」
「わかりやした!!」
威勢のいい声が響く。
ヒノエは望美ににっこりと笑う。
「何が出てきても、きっと美味しいよ。姫君が気に入るといいけど」
「船の上で食べれるなんて贅沢だよね!この辺りは何が釣れるの?」
「ふふ、そこはお楽しみさ」
果たして目の前に並んだ海の幸に、望美は歓声を上げた。
「美味しーいっ!」
たちまち船の上は、調理した男たちも囲んでのちょっとした宴会だ。
青空の下、凪いだ海。
ヒノエは望美たちから少し離れて、わずかに酒を含む。
「美味しい?姫さん」
「こっちも食べなよ」
熊野を束ねる水軍衆も、望美の幸せそうな顔に相好を崩し、次々に勧めている。
食べるごとに望美が心底幸せそうに御礼を言うから、それは途切れることはない。
・・・・・・・・・やっぱり小船にすべきだったか?
すっかり横取りされて、ヒノエはこっそりそう思う。
昼間のうちに沖に出て、帰ろうと思ったら、帆のある方がいいと判断したのだが。
(・・・・・・・またあんな顔、見せたくもないしね)
物思いに沈んだヒノエを、望美が笑顔で引き上げた。
「ヒノエくん、はいあーん!」
「・・・・・っ」
「美味しいよ、ほら、こっちにきて!」
突然口に突っ込まれた赤貝の刺身はわさびたっぷりで、ヒノエは一瞬絶句した。
向けられた清冽な笑み。
そして伸ばされた手。
―――敵わないな。
素直にそう、思う。
そしてゆっくりと歩き寄る。
だからっていつまでも劣勢だとは思うなよ、望美?
海風を白い帆がつかまえるように、俺は俺でもってお前をつかまえてみせる。
ヒノエが心を決めたから、水軍衆も本気になった。
神子姫様を奥方に!
だからこの先、大きな働きをするのだが・・・・・・
まだ自分と望美の心にだけ夢中の頭領がそれを知るのは、まだずっと先の話。