潮騒が聞こえる。
冬の極寒を越え、戦を越え、春の平和な息吹が聞こえ始めた。

ほうっと、望美は息を吐いた。
もうすぐ、この時空に来てから三度目の春が来る。
そして、春といえば―――







エデンの入り口






「ヒノエくーん、こっち来て♪」

うららかな春の午後、ヒノエは望美が呼ぶ声に気づいて振り返った。
何だかご機嫌な様子だ。
こんな時間から、自分が邸にいるのが珍しいからだろうか?
いや、それは自分の機嫌がいい理由なのだが。

「どうしたの、望美?」

しなやかな猫のような足取りで近づいて、望美の前に腰を下ろそうとしたヒノエを、望美は慌てたように止めた。
そして、パンパンと膝を叩く。

「そこじゃないよ、ここ!ここに頭置いてっ!膝枕してあげる」
「………膝枕?」

また、何で?
……とは思いつつも、ヒノエは黙って望美の言う通りにした。
基本的に望美の言うことは聞いてやりたいし、膝枕自体は嫌いじゃない。

(いや、むしろ好き……かな。お前限定だけどね)

優しく髪を梳いてくれる手が気持ちいい。
頬に当たる感触も。
今の望美は、神子のときとは違い、普段は小袖を着ているから……素肌ではないのが残念にしても。


白龍の神子。
異世界から召喚された神威の存在。
この時空の終わりなき源平の争いを止め、熊野に留まってくれた少女―――


傍にいてくれる幸福を、思う。
心から愛せる存在に出逢えた幸運も。

うららかな春の陽射しと望美というダブル攻撃な安らぎに包まれて、ヒノエが目を閉じかけたとき、望美が歌うように囁いた。

「今日はねえ、ヒノエくんのお誕生日なんだよ」
「お誕生日?」
「うん、向こうの時空では、お正月じゃなくて、自分の生まれた日に年を取るの」
「へえ……」

望美が向こうの風習を語るのは、珍しい。
―――ヒノエは、安らぎにほんの少し水を差されたような心地がした。
それでも、何でもない振りで相槌を打つ。


異世界の少女。
本当は、ここにいなかったはずの。


それを意識するとき、ヒノエの心の中には棘が生まれる。
望美と逢うまで知らなかったもののひとつ。


(こんなの知られたくないから、向こうのことを言うなとは言えないけどね……)


ヒノエの心を知らずに、望美はごく幸せそうな―――懐かしげな表情で囁き続ける。

「パーティーしたり、プレゼントもらったり……その人が主役の日なんだよ!」
「それは楽しそうだね」

なら、宴でも催させようか―――
自分ではなく望美のために。

そう思って、ヒノエが身を起こそうとした。
それは、望美の一言でピタッと止まった。


「うん、だからヒノエくんに何かしてあげたいの。何かない、ヒノエくん?」


ヒノエの動きは完全に止まった。
思考も。

「………へ?オレ?」
「だから、ヒノエくんが主役の日なんだってば!何でもしてあげるよ?」

ちゃんと聞いてた?
と、ばかり、望美が膨れた。


………そうなのだ。
嫉妬に目が眩んでいたヒノエには分からなかっただけで。

思考がクリアになれば、余裕も生まれる。
元々、望美に愛されていないとはヒノエだって思っていない。
何となく、色んなことに察しがついた。


(もしかしてこの膝枕も、急に今日休みになったのも、それで……?)


「……何でも言っていいの?」
「え、う、うん…」


きらり、と艶めいた視線を向けられて、望美はぎこちなく頷いた。
は、早まったかもしれない…。
何か制限を付けた方がよかっただろうか。

(で、でもお祝いだから、そんなの嫌だったし……っ)

どきどきとびくびくが交錯する。
何だか、こう……嫌な予感が……ひしひしとする。

そして、そんな予感ほど、当たってしまうものなのだ。

















夜になって、望美はすっかり途方に暮れていた。
何でも、なんて―――言わなきゃよかったかも……。

(うう、ホントにするの……?)

ヒノエとの寝室になっている塗籠に向かう足取りは重い。
いつもは、ヒノエがいると思うだけで足が速くなるのに。

それでも―――湯殿からの距離はそうなく、すぐに望美は辿り着いてしまった。


「やあ、望美―――遅かったね」
「う、うん…ゆっくりしちゃって……」


いつもよりもヒノエが楽しそうに見えるのは気のせい―――だと思いたい。

塗籠の奥、ヒノエは褥から少し離れた灯りの下で何かを読んでいた。
灯りのせいか、ヒノエが座って望美が立っている、いつもと違う角度のせいか―――
ヒノエの表情の陰影がいつもよりずっと艶めかしく見え、望美は小さく息を呑んだ。
あんなことを命じた人には、とても見えない。


(本当の本当に、す、するの……っ?)


恥じらいも、躊躇いも、望美をその場に縫いつけてしまう。
何でもしてあげると、そう言ったはずなのに。


(で、でもあのときはこう、勢いっていうか……!!)


立ち尽くす望美を、掬い上げるようにヒノエが見つめた。

「ねえ―――してくれないの?」
「う、え、えええっ……」


甘い流し目は蕩けるよう。
滅多にないヒノエの我侭も聞いてあげたい。
でも―――


「み、見たいの、そんなの」
「見たい」


即答されて、望美は思わず逃げたくなった。
猛ダッシュで逃げたい。
できれば今朝あたりの時空まで。


(ぷ、プレゼントは自分で決めるべきだったよう!!)


何でも持ってる人だから、と聞いてみようと思ったことが間違いだった。
まさかこんなことになるとは。


でも―――本当に……叶えては、あげたいから……。

望美は褥の端にヘタッと腰を下ろした。
恐る恐る、自分の帯に、手を伸ばす。
ヒノエが嬉しそうに目を細めた。


「全部脱いじゃ駄目だよ。まずは胸……オレが触ってる感じを思い出してみて……」


ヒノエに従って、望美は帯を緩めるだけにして、おずおずと自分の胸元に手を差し入れた。
少しばかり肌蹴たところで、ヒノエからは望美の胸までは見えない。
ただ、夜着の中で、望美の手が蠢いているのが見えるだけ。

それでも。

「んっ……こ、う……?」
「そう……ゆっくりだよ。まだそこは触らないで」
「う、うん…」

恥ずかしげに―――そして健気に、自分の指示に応えようとする望美の姿に、興奮せずにはいられなかった。
望美の手がゆっくりと夜着の中で動き、表情が徐々に艶を増していく。


「摘まんでみて―――優しく」
「ンッ……こう……?」
「そう、くりくりとしてあげて?」


望美が不自然にびくっと身体を揺らした。
ヒノエは叱る。


「だめ、声は堪えないで」
「だ……だって、恥ずかしッ……」
「だーめ、言うこと聞いて……?」


今日はオレの誕生日でしょ―――
念を押すように、ヒノエは囁く。

「う、うう…、……んっ……」

……望美は観念したように、声を洩らし始めた。
だが、やはりいつもより、その声は控えめだ。

「んっ……く、っン……っ……」

今の望美は、いつものようにヒノエに翻弄されるがままではない。
自分の動きは予測できる―――だからだろう、と思うと、ヒノエの中には悪戯心が芽生えてしまった。

自分だけだと駄目。
ヒノエがしてしまったら、いつもと一緒。
なら―――


「手伝ってあげようか……?」
「えっ…ひゃ、ひゃあッ!?」


問いかけながら、ヒノエはあっさりと望美の所ににじり寄って、望美を倒してしまった。
望美の膝裏を持ち上げて、足を広げる。
ヒノエの視界では、望美が卑猥な体勢になってしまった。
当然、ヒノエがそう意図したのだが。


「ひ―――ヒノエくんっ!!」
「駄目だよ、望美。続けて――――オレも、してあげるから」
「な、何を……ァンっ!」


こうなれば夜着はヒノエの目を遮らない。
完全に肌蹴てしまった胸元には望美の掌が吸いつていて、ヒノエの前には蜜を零し始めた秘所がある。
ヒノエは望美の瞳を見つめながら、目の前にさらけ出された泉に遠慮なく吸いついた。


「すごい……濡れてるね」
「あ、アアア、ひ、ヒノエく―――!」


感嘆の吐息を吐きながら、ヒノエは望美の秘所を舌で容赦なく弄り始めた。
吸いつき、時に音を立てて啜りながら、舌で中を擦りあげる。
望美は絶対的な快楽に呑まれ、必死に首を振ったが、それで快楽を散らすことなどできるはずもない。

「ん、アアッ、それ、やっ!ヒノエくんッ……!」
「駄目だよ、ってば――――聞かないね、お前も」

完全に望美の手は止まっていた。
当然、ヒノエは許さない。


「アアアッ!!」


カリ、と花芽に噛みつかれて、痛みのあまりに望美の身体がビクンと跳ねた。
おずおずと縋るような瞳を、ヒノエはじっと見つめる。
そして、ヒノエは望美に甘く命じた。
紅の瞳に、情熱を込めて。


「―――続けて。三回イクまで、許さないよ?」


淫らな命令に、望美の手が躊躇いながらも動き出す。
時々ヒノエは叱りつつ、望美をずっと啼かせ続けた。








……月がすっかり傾いた頃まで、狂宴は続いた。
すっかりへばってしまった望美の髪を梳きながら、ヒノエは艶冶に微笑んでいる。
まだまだ本当は抱き足りないのだ。

だが、それでも今日はいい、と思えるくらい、よかった……。

「お前がこんなことまでしてくれるなら、誕生日っていうのはいいね。もっと他に、ないのかな……」

聞かれてないと承知の上で、物騒にヒノエは呟く。


今まで積極的に聞いたことはなかった向こうの風習。
それもできれば、恋人の。


―――聞いてみようか。
望美が起きてきたら。


じっと望美を見つめながら、ヒノエは思案する。


聞いてみようか。
もう不安に思う必要はないはずなのだから。


(だって、こんなにもお前は、オレが生まれたことまで祝福してくれるんだからね……)


愛する人の故郷を奪った罪悪感は、時に自分の心を苛むけれど。
その故郷を一緒に懐かしむことくらいは、できるかもしれない。

そうしたら、きっと今よりもっと幸せになれるだろう。
今、自分がとても幸せなように。

「望美……」

ヒノエは眠る望美を抱き締め、ぎゅ、と幸せの中に包み込んだ。