最初はただの習慣だった。
今はもう、目も離せない。
視線が自然に向かう先
「あっ、ヒノエく―ん!」
道の向こうから、望美が大きく手を振って呼びかけてくる。
ヒノエは苦笑した。
望美は自分が見つけたと思っているんだろう。
(……違うよ)
ずっと見ていた。
京邸を出る時も、木陰でアイツを見ていたときも。
「やあ、姫君。ご機嫌うるわしく」
「うるわしくないよ。ヒノエくん、どこに行ってたの?今日は惟盛を見つけなきゃいけないのに!」
「ああ、そうだね。お前は見事、この京の怪異を解決してきたんだ」
うるわしき戦神子。
その噂はまったく違わず、鮮烈な剣筋はオレでさえ虜にする。
怨霊なんか一発だろうね。
「皆が見つけてくれたようなものだよ」
ヒノエの流し目の賛辞に、望美は困ったように苦笑した。
小首を傾げて。
そんな仕草さえも可愛いのだから、アイツを見る恋する瞳が……可愛くないわけがない。
チリ、と何かがオレの胸を焦がした。
それが何かなんて、オレは知りたくもない。
「それでもお前がいなければ、浄化なんて出来ないよ」
「そうかもしれないけど……」
風に靡く藤色の髪。
伏せられた瞼に隠れるのは、どこまでも澄んだ翠。
恋が先着順だというのなら……
もっと早く出逢えていたら、お前はオレを見てくれたの?
「ヒノエくんがいなかったら、あのお姉さんのお話を聞き出せなかったと思うよ」
「そうかな。弁慶一人いれば充分じゃない?」
「ふふ、二人が揃ってこそだよ」
何も知らない顔で笑うお前。
あの男もお前を狙ってるんだけど、きっとお前は気づいてないんだろうな。
そこだけはイイ気味で、ヒノエは知られぬように苦笑した。
「それで、他の奴らは?」
「聞きこみ中」
「法住寺に行くんじゃないの?」
「それもだけど……他に被害が出てないか、確認しないと」
優しい瞳は凛々しく輝いて、本当に綺麗に見える。
優しくて、強いお前。
オレはちょっと意地悪したくなった。
「優しいね、お前は」
言葉は完全な賛辞。
声にも毒の欠片も含ませない。
普通の女なら、間違いなく頬を赤らめるとろけるような微笑を添えて。
だけど――――これをそのまま受け取るのなら、きっとこんなにも好きにはなってない。
案の定、望美は何かを探るようにオレを見つめてきた。
「わざわざ余計なことを、ってこと?」
「慎重なのは悪いことじゃないよ」
「じゃあ、どうして?」
賛辞だとはちっとも思ってないらしい。
それもそれでちょっと癪で、オレは唇を尖らせてしまう。
「オレは褒めたはずだけど?」
「言葉だけは、ね」
手強い姫君。
甘い言葉に赤くなってくれていたのは、本当に出逢ったばかりの夏の頃まで。
なんて順応力だ。
まさか。
……あの男のせいで耐性がついていた、っていうんじゃないだろうね?
「言葉だけなんて心外だな」
「だって笑ってないもん」
「……ふふ、参ったな」
「ほらあー!」
望美はちょっと怒ったように指先を突き出す。
その反応は予想通りで、オレは吹き出してしまった。
だけど、望美はまた怒るかと思ったのに、ため息をついて肩を竦めてしまった。
「……たまにはちゃんと本音を言って欲しいよ」
その声は妙にしんみりしていて、オレのことだけを言ってるんじゃないと分かる。
分かってしまう。
(……本音を言って欲しい、ね)
聞きたいのはオレの本音じゃないくせに。
言ったら絶対困るくせに。
オレに本音を言わせないのは、お前なのに。
「オレはいつでも本気だけど?」
「本気じゃなくて、本音!」
それでも可愛い。
そう思うんだから、しょうがない。
お前が誰を好きでもいい、なんて、オレにはあるまじきことなんだけど。
「いつか言うよ」
「いつかー!?」
今じゃないのかとお前はまた怒って、オレだけに向けられたその顔が嬉しい。
「ああ、いつか。……だからさ」
だって今はお前が困ってしまうだろう?
まさか振られるなんて御免だし。
それに。
「早く片付けてしまわないと、紅葉狩りも出来ないだろ?勿論二人っきりでさ」
まだ勝負は決まったわけじゃない、だろう?
「ヒノエくんってば……まさか、それが理由でせかしたの?」
「当然♪」
望美は呆れたようにオレを見上げて、一瞬の後には切り替えて軽やかに笑った。
「もう、しょうがないなあ」
「ふふ、早く行こうぜ、法住寺」
「その後は紅葉狩り?」
「ああ」
そんなに簡単にいくなんて思ってない。
これで終わりなんて保証もない。
だけど、だから勝算だってあるわけだから。
「行こうぜ、姫君!」
「うん!」
花のような笑顔が返る。
これだけでも満足してしまいそうだ。
こんちくしょう。
最初は習慣だった。
――――ただの。
今はもう、手放せない恋。