望美が一人で買い物に出かけたと聞いて、俺は急いで後を追った。
おっとりと警戒心の薄い様子で笑う朔は責められないが、怒鳴りたいのは八葉たち。
いつもぞろぞろいやがるくせに、誰か一人くらい、ついていかなかったのか!
ここをどこだと思っていやがる!
ヒノエのスピードは、本気の証拠。
朔はちょっと呆れて、その背中を見送った。
熊野にて
「ねえ、君可愛いね。どこ行くの?」
「そんな奴より、俺が教えてやるよ。さあどうぞ?」
――ヒノエくんみたい。
望美は困りつつも苦笑した。
朔に頼まれて買い物に行く道中、望美は角を曲がった大通りで男たちに囲まれていた。
最初は一人。
今はいっぱい。
「あの、ホントに大丈夫ですから」
困ったものだと思いつつそう言ってみても、男たちはひるまない。
男たちにとって望美は極上の美姫である。
藤色の髪は艶やかで、唇と爪は桜色。
見ない装束も似合いで、すんなり伸びた足は美味しそう。
凛とした眼差しも、囲まれてたじろがない姿勢も海の男の好むところ。
何よりその花のかんばせ。
簡単に逃す男は、熊野にはいない。
「荷物重くなるだろ?宿まで運んでやるよ」
「手が疲れちまうと可哀相だからさ」
親切な申し出に有難いと思いつつ、大勢はいらない。
一人二人を選ぶ基準もないし、選ぶつもりもないので全員断わりたいのだが。
(どうしよう、お店閉まっちゃうよう)
相手に害意がないので薙ぎ倒すわけにもいかないし。
熊野男たちは、現在望美にとって、怨霊より厄介だった。
☆
ヒノエは曲がったところに人だかりを発見する。
人垣から洩れ出でる聞きなれた声音。
「あの、ホントに大丈夫ですから」
清冽に耳朶を打つ、望美の声。
切羽詰った様子のないことから、害されてる様子はないものの、・・・・思ったとおりの展開に呆れて言葉もない。
ホントに何やってんだか。
ヒノエはため息をひとつ吐いて頭をがりがりとかいた。
ここにあの叔父がいて、今の自分を見たならば、おや鏡がありますね、くらい言いそうだ。
熊野はやっぱり自分の土壌だと痛感するのはこんな時。
「・・・・・・ふう」
気を取り直して、ヒノエは頭領の顔をつくった。
気配を強めて、ゆっくり歩み寄る。
端の方にいた男の2、3人が何かを感じて振り返り、固まった。
異常を感じた周りがちょっとずつ振り返る。
その度に凍ったり、ささっと逃げたり。
「と、頭・・・・」
「シッ!」
言いかけた男は隣の男に制されて慌てて口を抑え、道を譲る。
悠然と歩くヒノエの前に、望美への道があらわれてゆく。
不意に背中に風を感じた望美は振り返ると知った顔を見つけ、破顔した。
「ヒノエくんっ!」
「やあ、姫君。お散歩かい?」
望美の背後でヒノエの覇気は見ずにすんでいた男たちも硬直する。
頭領の女?!
ヒノエへ向ける可憐な笑みにノックアウトされた男は多いが、これ以上言い寄ろうとする男たちはいなかった。
熊野男だって、命は惜しい。
ヒノエが望美の傍に辿りつくまでに、潮が引くように人だかりは散った。
「あ、あれ?」
「どうしたの、望美?」
「うん、今までちょっと大変だったんだけど・・・・助かったのかな?」
望美は首を傾げるが、余裕の笑みのヒノエを見て、得心した。
・・・・・ヒノエくん、かっこいいもんね。
かなわないとか、思ってくれたのかも。
だったらヒノエくんの、おかげかな?
「ありがとう、ヒノエくん」
「俺は何もしてないぜ?」
「ふふ、うん!」
そうヒノエは何もしていない。
ちょっと無言の圧力、かけただけ。
ゆっくり歩いて、みせただけ。
それでも頭領の本性を知る海の男たちには、言葉よりも雄弁な「退け」を察知したのである。
痛い目は誰だって見たくない。
頭領の恨みも買いたくない。
「買い物なら付き合うぜ」
「助かる!あのねえ・・・・」
可愛く笑う望美と連れ立って歩き出しながら、ヒノエは心で前言撤回する。
望美を一人で出してくれてアリガトウ。
おかげで、二人っきりだ。
目当てのものを買って、少し寄り道しつつ歩く勝浦の町。
二人はのほほんと楽しむが。
その夜には望美の人相書きが回り終わり、頭領の逆鱗であるとして、男たちに触るべからずと叩き込まれた。
この話を望美が知るのは、次の春のことである。