終章






 夕餉も終わり、望美は朔や白龍と一緒に月見をしていた。
 明日のことを思うと、さすがにすっきりと寝付けない。
 いつもは就寝の早い朔も、つきあってくれている。

 と、望美は思っていた。

 だが実際は、朔は「つきあって」いるのではなく、確固とした目的があったのである。
 景時に諭されて、もう兄の玉砕というか撤退は知っている朔である。

(兄上の言うことも分かるけど……)

 それでも諦めきれない。
 望美と過ごした月日は長くはないが、もう日常になってしまっている。
 短かった蜜月の傷をあたたかく癒してくれたかけがえのない対。
 足掻きたい―――

「……ねえ、望美」
「んー?」

 望美はのんびりした声を返す。
 それは、本当は望美の緊張を表していると、朔は知っている。
 焦燥から口火を切った朔だったが、望美の緊張を知れば、話は別だ。
 身体は自然に動いた。

「さ、朔?」
「大丈夫。…だいじょうぶよ、望美。明日は、お祝いよ」

 宥めるように抱き締められて、望美は小さく息を呑む。  普通にしてるつもりだったのに。

 気づけば反対側の白龍も縁側に置いた手に手を重ね、優しく微笑んでいた。

(………もう、かなわないなあ)

 思わず涙腺が緩む。

 ……そうなのだ、信じても、いくら大丈夫と言い聞かせても。



 燃える京。
 数々の裏切り。不安。
 圧倒的な力―――

 不安で、たまらない。


 同時に、この先も不安だった。
 この先は、知らない未来。



(皆は無事なままなの?)
(将臣君はどうするの?)
(怨霊の人たちは?私は――――)



 わからなくて、でもまさか、あのまま巡っているわけにもいかないから選んだ未来。
 しかし今日、八葉たちに会ううちに、望美の中では寂しさが広がっていった。
 それは不安を押し潰すような勢いで。
 そこにふと浮かんだ、物思い。


 ――――戦が終われば、もう自分は要らないのだろうか。
 では、戦が続けば……?


 戦が続けば、みんな苦しむのに、戦が続くことを願いそうになる。

「そう…だよね。お祝い……」
「もう戦わなくてよくなるの。大丈夫よ」

 望美の葛藤を、朔は知らないから、優しく戦の終わりを諭して宥める。
 望美は僅かに瞳を沈ませそうになる。
 しかし、それは「魔が差した」自分を止めてくれる声だった。

「うん、それが一番いいよね…」

 どうも落ち着いた様子の望美に、朔がホッと息をつく。
 気を抜いたから、望美を抱き締めたまま朔が零したのは本音だった。

「あとはあなたがずっとここにいれば完璧ね」
「えっ?」
「あ、…あら」

 本当はもっと縋ってでも、と思っていた。
 望美は泣き落としには弱そうだから、とか。
 しかし、気を抜いただけあって、そこには何の恣意も含まれてはいなかった。
 気遣いも全部抜け落ちて。

「や、やだ、ごめんなさい。望美…」

 ちょっと間抜け。
 兄上みたいじゃないの。

 仕切りなおそうとした朔の身体に、望美はしがみついた。

「いていいの?」
「――――望美……?」

 朔は望美らしくない声の硬質に息を呑む。
 一方、望美も必死で朔を気遣えない。

 みんな優しいから。
 そしてきっと還るべきだから、還るのだと思っていた。

   でも。


 ―――あとはあなたがずっとここにいれば………


 なんて優しい我侭。
 照れる顔が、これが朔の本音だと教えてくれる。
 滅多に何も望まない、優しい対。

 望美の必死さは朔に望美の傷を教え、朔はただ望美を抱き返した。



 望美は白龍に目を移した。


「いていいのかな、白龍。私、役目が終わっても―――」


 望美の龍は、慈愛の眼差しで頷いた。
 明日空に溶けても、望美がこの時空にいてくれるなら見守れる。
 望美の残留は、白龍にとっても願うところ。
 ただし、望美の本気の願いでなければ叶えられない。

「うん、神子が本気で望むなら」
「神子じゃ、なくなっても……?」

 白龍は僅かに目を細めた。

「私たちが傍にいたいのは、『あなた』だ」

 望美は一気に涙を溢れさせた。
 何か言いたくて、何も言えなかった。
 ただ対の身体、自分の龍の手を力強く握り締める。

「………ありがとう」

 巡る時空。
 失ったもの。
 やっと望美は、自分の場所を見つけた気がした。

 そして、それを許せる気が。








 和議は成り、宴はあらゆる意味で盛況に終わった。
 朔の一人勝ちを知った面々による宴のその席で起こった騒動は後日譚にて―――