怪異の解決のために、望美たちは京へと戻った。
生田の戦いを、その先を、それぞれ違う方向を見つめながら。






嫉妬






秋の京を歩く。
紅葉の中、弁慶は相変わらずの笑顔で。
優しく笑って。
怪異に頭を悩ませる。
合間にきっと五条にも行ってて、平家の人とも、きっと会ってる。

望美はそっとため息をついた。

「どうしたの姫君、考え事?」
「ヒノエくん・・・・・」
「オレでよければ、聞くぜ?」

それとも気晴らしに行く?

明るい笑顔にちょっと笑って、望美は首を振る。
怪異はまだ解決されきってない。
遊びに行ける、気持ちの余裕がない。

「姫君は真面目だね。そんな真面目さも好きだけど、息抜きも大事だよ?」

重ねての誘いに、望美はちょっと考えた。

・・・・・・本当はもう、どうすればいいかなんて分かっている。
怪異は解決できる。
それこそ今日、歩くだけでも。


―――でもそれは、次の戦が始まるから。
弁慶さんが、傷つき傷つけるから。

まだ、できない。

不意に浮かんだ言葉を振り払うように望美はぶんぶんっと首を振った。

  「望美?」
「ううん、ごめん、行くよ」
「そう?場所はお任せでいい?」
「うん!」

ヒノエににこっと笑うと、ヒノエも安心したように微笑んだ。
そして望美は立ち上がり、ヒノエの差し出す手につかまった。

















ヒノエのエスコートは完璧だった。
望美は楽しかったし、だんだん本当に笑顔になれた。
確かに息抜きは必要だったかもしれない。

ありがとうと微笑んで、ヒノエはまた二人でとウィンクして。
そこまではよかった。

「・・・・・・・楽しかったですか?」
「弁慶さん!」

縁側でひとり、月を見ていたら、不意に弁慶が現れた。
珍しい。
こんな時間、京邸に彼がいるのは。

「どうしてここに?」
「・・・・・・・君を探してまして」
「えっ?」

見上げた望美がよく見れば弁慶はいつにない顔をしている。
じっとりと睨むように。
こんな顔は初めてだ。

憂い顔か笑顔。
そんな印象だったのに。

「私を探しに?」
「ええ、昼間から、ずっと」
「それは・・・・・・・」

申し訳ないことをした。
遊んでいた後ろめたさも手伝って、望美が一瞬詰まる。

「ごめんなさい。ヒノエくんと、出かけてて・・・・」
「知っています。楽しかったですか?」

畳み込みようにセリフに割って入られて、望美はまたびっくりする。
弁慶は普段、そういうタイプではない、のに。
しかし、初めに呼びかけられた言葉の意図が分かった。

「あ、はい、すごく・・・・・・えと、弁慶さん・・・・?」

望美が素直に答える視線の先、弁慶が深い溜息と一緒に望美の視界にまで沈んできた。
弁慶は動かない。
黒いカタマリみたいになっている。

「べ、弁慶さーん・・・」

もう一度呼びかけると、ぎこちなく頭がこっちを向いた。
黒いカタマリの中、ちょっと零れた金の髪と少し色素の薄い瞳が現れる。
瞳はじっと望美を見つめている。

「・・・・・・その髪飾り」
「へ?・・・・ああ、今日貰った・・・」
「それ、僕とヒノエが見つけたんです。二人で歩いていて、それで」

望美はきょとん、とした。

「君に似合いそうだと。・・・・それで今日市が立つから、君を誘おうと行ったんですが」

ここで弁慶はまた盛大にため息をついた。
また黒いカタマリに戻ってしまう。

「えっと・・・二人で歩くんですか、仲いいですよね!」
「・・・・・・・・・。親戚ですから」

とりあえず望美は気持ちを引き立てようとしてみたが、更に声のトーンは低くなった。
ヒノエと仲がいいと言われるのは嫌なのかも知れない。
しかも。

「それにヒノエと君も、それなら仲がいいことになる」
「えっそれは・・・・そうですよ、神子と八葉だもん・・・・」
「そうですね」

なんだか冷たい。
素っ気無い。

「弁慶さん・・・・?」

さすがに不安になって、望美が窺うように声をかけると、弁慶がようやく顔をあげた。
空を仰ぐように起き上がったから、フードが脱げて、金色の髪が月光に照らされてキラキラ光る。

「・・・・・・大人気なくしてすいません。嫉妬、してました」
「嫉妬?」
「ええ、・・・・僕があげたかったのに」

望美を誘いに行ったらいなくて。
買おうと思った髪飾りはなくて。
しかも贈られていて。
それは案の定、よく似合って。
つい、八つ当たりだ。

「・・・・・・・やだ」

反省していた弁慶がふと望美を見ると、望美がくすくす笑っていた。

「嫉妬って、そんな・・・・ふふ、子供みたい」
「・・・・・笑い事じゃありませんよ」
「笑い事ですよ!」

ついに弾けるように笑い出した望美に、弁慶はむくれたように呟いて、望美の爆笑を誘った。

嫉妬。
ヤキモチ。
弁慶が。

その微笑ましさに望美は嬉しくて、それでいっぱいで、それが何を意味するのか気付いていなかった。
その様子に弁慶は少し諦めのため息をつく。
大人気なく振舞って望美を不安にさせたようだが、もう大丈夫だろう。
最近、望美が関わると、ちょっと平静を保てない自分を戒める。
そんなことではいけない、のだ。

「弁慶さん!」
「はい?」
「まだ時間あったら、お月見しましょう」

笑い止んだ望美が、それでも満面の笑みで誘いかけた。

「・・・・・二人で?」
「はい、二人で!」
「ふふ、じゃあそれで手を打ちましょう」

弁慶がようやく笑って、望美の傍に座り直した。
それから他愛もない話を、朔が迎えに来るまでし続けた。


こんな日々が続けばいい。
そう思うけれど。
終わらせて、それでも一緒にいる方がきっともっと素敵だ。


望美は弁慶を見つめて笑う。
嫉妬した、という弁慶は子供みたいで可愛かった。
いつもこうならいいのに、と思う。

あんな風に策も巡らさず、この人が優しいままいられるように。

そのために。




「おやすみなさい、弁慶さん。明日・・・大忙しですよ!」
「?・・・・ええ、頑張りましょう」
「はいっ」


そのために、前へ進もう。