「久しいな、弁慶」
知らない姿で笑うこの少年の「生前」を、弁慶は知っている。
鷹揚でいて計算高く、野心に燃えて篤実だった人。
ここまで変わり果てて、欲しくはなかった。
「清盛殿・・・・・」
「くく・・・・まあよい。そなたが来ると聞いた時には耳を疑ったものだが・・・・・」
清盛と名乗る少年は、すっと弁慶の背後に目を向けた。
いまだ茫然自失の、陣羽織の少女。
美しく、だが生気に欠けた感じがなんともそそってくれる。
「―――よい手土産だ」
「・・・・お気に召して光栄ですよ」
望美がゆっくりと自分を見るのが、何故か、分かった。
弁慶はまだ振り向けない。
二律背反
「ここが君の室です。・・・・・すいません、本当はこんなところじゃなくしてあげたいですけど」
室、というより「牢」だった。
石の牢。
地下に走る水脈の枯れたものを利用した自然のそこに、鉄格子を嵌めたもの。
「・・・・・・・・・」
声がまだ出ない様子の望美を、弁慶が無言で見遣る。
望美の目は何も映さないガラスのようで、思わず弁慶は目を逸らした。
「―――だから僕を信じてはいけないと言ったのに・・・」
転がり出たそれは、本音だった。
僕を信じないで(信じて)
僕を好きにならないで(こっちを向いて)
強くならないで、護られていて(そうでなければ利用してしまうよ?)
「弁慶さん・・・・・」
ああいい声だ。
いい響きだ。
心に響き、心に届く。
だから僕の奥底には死んでも触れさせない。
「大人しくしていてくださいね、望美さん?」
にっこり笑った僕の目に映る君はただ可憐で、震えて、まだ僕を信じてて。
―――ああ
僕が、あの間違いを犯す前なら、もっと素直になれたのかな―――
護りたい―――のに利用して。
味方の顔で、泣かせてばかりいる。
僕が死んだら君は泣くだろうか?
それとも笑う?
よかった、裏切り者は成敗された、と。
弁慶は自己矛盾を押し殺した。
ああこんなのは感傷に過ぎない。
(僕は死んで、あなたと世界を護ります)
あなたと世界が並び立ち、あまつさえ上回っていた。
それが、いつからか、僕は知らない。
