今でさえたまに思う。
たまに惑う。
君がここにいることを。
僕の傍で笑う奇跡を。
声が聞こえる距離より近く
今日が誕生日ということを聞き出した望美は半強制的に弁慶を外に連れ出した。
教えたのはヒノエ。
聞かれて答えた彼は、こんなことになるなんて思っていなかっただろう。
今日は弁慶特別の日につき、立ち入り禁止・なんて。
「こういうのはいいですねえ」
「そうですか?」
突然連れ出されたときは何かと思ったが。
本当は、薬の調合も、取りに行きたいものもあった。
だけど、望美に「今日だけは」と言われては、応えない弁慶ではない。
ましてや、「じゃあ独り占めさせてください」なんて言っても快諾してくれるともなれば。
「ふふ、ヒノエは嫌そうでしたね」
「せっかく来てくれたのに、ちょっと悪かったかな?」
「どうせ、すぐにまた来ますよ」
「うーん、そうですね!」
空には応龍の加護が戻り、京に望美が残った。
弁慶は正式に軍を辞し、五条の薬師として生活している。
・・・・・もっとも、九郎との縁が切れない限り、それは長くは続かないと弁慶は思っている。
それでも自分のため――何より望美のために一度、軍籍から抜けたかった。
日々は忙しい。
幸せだし、「日常」を好む弁慶にはそれは願ってもないことだけれど。
こうして望美だけを傍らに、好きなだけ眺めていられるというのはそうはない。
望美は今、弁慶の傍らで花を編んでいる。
一生懸命な横顔に少し微笑む。
贈り物と言っていた。
何をくれようと言うのやら。
(僕はもう充分・・・・・・貰っているんですけどね)
鳥が鳴く。
空は青く、川のせせらぎも優しい。
応龍の加護が確かに感じられる、正しい、春を目指す息吹。
弁慶は感慨に耽った。
「・・・・っと、出来た!」
望美が作ったのは河原の花を編んだ花冠だった。
フードを落とした弁慶の頭に、望美がそれを嬉しそうに被せる。
「はいっ、弁慶さん、ハッピーバースディ!」
―――その時だった。
弁慶の視界が昏く閉ざされる。
望美もいない。
被せられた花冠が、弁慶の頭に触れた途端、枯れて解けた。
消滅したはずの清盛の声が響く―――・・・・・
――――お前は
己の才知を活かす戦場を
求めずにはいられない・・・・・・・・・
「・・・・・・・弁慶さんっ」
望美の声が響き、弁慶は白昼夢から抜け出した。
花冠は変わらぬ姿であると、思わず手で触れて確かめた。
・・・・・・・ゆめ。
「・・・・・・・・大丈夫。大丈夫ですよ?」
何か感じたのか、幼子にでもするように、望美が弁慶の頭を抱いて撫でた。
柔らかいぬくもり・・・・鼓動。
よかった、こちらが現実・・・・そっと弁慶は息をつく。
今でも思う。
今でも惑う。
それでも。
「弁慶さん、大好きよ。生まれてきてくれて、ありがとう・・・・・」
弁慶は不覚にも涙が浮かび、それを隠そうと望美の胸元に一層顔を沈ませる。
響く鼓動が耳に優しい。
「・・・・はい。僕も、大好きですよ・・・・・・」
昔、自分が望んだのは「日常」ではなく「戦場」だった。
自分が何処まで行けるか知りたかった。
何かを壊し、屈服させてみたかった。
今から思えば愚かな虚栄心、そして征服欲。
間違っていた僕を、責めた京の空。
今この空がこんなにも美しく僕の上にあるのは君のおかげ。
――清盛殿、僕はもう、戦場を求めたりしない。
今でも・・・・・たまにこうして怖くなるけど。
惑うことはあるけれど。
顔をそっとあげると君の笑顔を見ることが出来る。
「日常」をこんなにもいとおしむ事が出来る。
それは疑いようのない真実。
望美がもう一度言った。
「弁慶さん、ハッピーバースディ!」