「・・・・・・・朔殿、望美さんは?」
珍しくも手の空いた午後、弁慶は望美を探していた。
が、どこにも姿はない。
「あら、弁慶殿。何かお約束でも?」
「いえ、そういう訳ではないのですが・・・・」
手が空いて、ちょっとやることもない京の春。
九郎は仕事で、景時と譲君もいないから、ちょっと連れ出そうと目論んだだけ。
それだけだけど・・・・・
「おかしいわね、白龍もいないわ。二人で何処かへ行ってしまったのかしら?」
軽く邸内を見回ってきたのだろう。
朔が不安げに首を傾げた。
「・・・・・・・分かりました。僕が見回ってきます。朔殿はここで」
「え、ええ・・・・ごめんなさい、お願いしますね」
「ふふ、目立つ二人ですから、すぐに見つかりますよ」
弁慶は朔に気にしないようにと微笑むと、京邸を出た。
ええ、すぐに見つかりますよ――――こんな風にね?
花と荒法師
京邸を出て程なく、五条橋の手前で弁慶は騒動に気付いた。
いかつい男たちの隙間に見える水色。
そしてすらりとした足。
・・・・・・・京で素足を露出した女性など、そうはいない。
「追い詰めたぜ」
「どこがよッ」
「み、神子・・・・・・」
やれやれ。
背後に庇われてる白龍が何かしたかな。
それとも単に望美さんが目立ったか。
弁慶はのんびり思案する。
いざとなれば助けに入ろうとは思うが、積極的に助けようと思うほどの思い入れはない。
目立ちたくないし、望美の出方も知りたかった。
ここで見る限り、威勢はいい。
それがたとえ虚勢でも、はったりは重要だ。
これなら戦場でも使えるだろうか?
戦場では剣だけ使えても意味はない。
緒戦で死なれても、怯えられても困るのだ。
―――白龍の神子には。
「なめやがって・・・・・!」
ついに男の一人が切れたようだ。
「やっちまえ!ちょっとくらい傷をつけてもかまわねえ!!」
「おお!」
・・・・・・・・潮時ですかね。
弁慶は並み居る男の群に割って入った。
最初に号令をかけた男を不意を突いて投げ飛ばす!
「ぐあっ・・・・」
「べ、弁慶さん???」
そのままの速度で、男たちを打ちのめしていく。
流れるような技は鍛えられたもので、喧嘩しか知らないごろつきどもの敵うものではない。
望美はそれを見守るしか出来ない。
白龍はもう望美の後ろから出て、さかんに弁慶を応援している。
「ごほっ・・・・」
「や、野郎!・・・・・げえっ」
「――――まだやりますか?」
弁慶は息ひとつ乱していない。
半数ほどを倒された男たちは後ずさりする。
そのとき。
風が、大量の桜の花びらをつれて吹き込んだ。
乱れ飛ぶ桜吹雪。
弁慶のフードが取れ、金の髪が風に靡く。
「――――む、武蔵坊弁慶?!」
男たちの誰かが悲鳴まじりにあげた声。
弁慶は「おや」、と顔をあげた。
軍師としてでない、比叡時代の自分を知る者の声音だ。
「知り合いがいましたか。ふふ、口封じが必要ですかね?」
そうしてにっこり笑ったその顔に、その場の誰もが凍りついた。
望美や白龍でさえも、何故かぞくっと粟肌立った。
別にドスのきいた声でもない。
むしろ春の、木漏れ日のような柔らかな声と微笑で。
なのに何故だろう。この凍りつく感じ。
結果。
「お、覚えてろ!」
「あ、待ってくれッ」
倒れた仲間を担いで男たちは逃げた。
置いていかなかったあたりは男の義理か、人情か。
弁慶はそれらを感慨なく見送ると、まだ凍り付いている望美達に笑いかけた。
「大丈夫でしたか、望美さん?・・・・・・望美さん?」
「あっ、は、はい!ありがとうございました・・・・!」
夢から醒めたような反応で、望美はお辞儀をした。
そしてまた動かない。
弁慶は不思議に思って、望美の視線の先を追い、はっとした。
―――怖がられたか。
「ああ、すいません、望美さん・・・・」
謝りつつフードを被ろうとした弁慶の手を、慌てて望美が止めた。
「あっ、やだ!隠さないで!綺麗だなって見惚れてたんです!」
「綺麗・・・・・?」
「はい!ふふ、桜の花びらが乗ってる。桜吹雪があったでしょう?すごく映えて、とっても綺麗だった!」
「うん!綺麗だった!祝福の色だった!」
白龍も負けじと言う。
祝福?
この、忌み色が?
「ねえ、弁慶さん、今日はそのままでいて?わたし達、お菓子を買いに来たんです。皆で食べましょう!」
望美がキラキラした目でねだる。
その瞳に、笑顔に、嘘はない。
(・・・・・・・・かないませんね)
弁慶は上げかけた手を下ろした。
お菓子処に連れて行く。
少し嫌悪の入り混じる視線も今日ばかりは気にならなかった。
道中話したのは、「体術もやるんですね、教えて下さい!」とかの色気のない会話ばかりだったけれど。
弁慶は、昼間にはなかった熱を感じる。
神子ではなく、望美に思う、熱。
買ってきたお菓子は皆で食べた。
弁慶の武勇伝を白龍が大きく手を広げて話し、九郎が懐かしそうに頷いた。
景時がたははと笑い、譲が勝手に出て行った二人を怒る。
朔もそれに追随した。
弁慶は今日だけはとフードを取ったままだ。
嬉しそうに望美が見上げる。
その瞳に何故か涙が混じるのだけは、不思議だったけど。
春の京。
月の傾くまでのちょっとした宴会。
桜の下で見せてしまった秘密のかけら。
育つかもしれない、ほんのり灯った胸の熱。