ずっと空は贖罪を促すものだった。
空にあった筈の加護。
なくしたのは自分。
壊したのは自分。
いつか罰されて、この空に溶けるのだと、ずっとずっと思っていた。
夢を見るなら
街を歩きながら、ふと弁慶は足を止めた。
視線の先は花屋。
美しく咲き誇り、銀色に光る容器に入れられて店先に多くの花が並ぶ。
この世界に来て、不思議なことはいくつもあった。
たとえば夜の明かり。
そして冬なのに多く咲き誇る花。
不夜城のようですね、と言ったら、何故か寂しげに望美は微笑んだ。
深い意味はなかったのだが、望美の気に触っただろうか?
迷宮の謎も多く残る中、胸に想うのは望美だけだ。
「・・・・・・・・花でも贈ればよいでしょうか・・・・・」
ありきたりかな、と思いながら、花屋に近づくとやはりいい香りがした。
香りは人の心を鎮め、安らがせてくれる。
自分の言葉のせいでなく、たとえば迷宮の疲れだったのだとしても有効に思えた。
「それと、それと・・・・・あとこれを。・・・・・はい、プレゼントです」
演技でなく頬の緩む自分に、ほんのり呆れかえる。
向こうではずっと張り詰めていた気もここへ来て緩みがちだ。
いずれ応龍は復活するだろう。
罰を受けていないのに、罪が償われた気になっているのかもしれない。
・・・・・・・いけないな。
ここが永遠だといいと思うなんて。
自嘲して、選んだ花の花束に顔を寄せて香りを吸い込んだ。
やはり落ち着く。
彼女は喜ぶだろうか。そう思いながら、弁慶は帰路についた。
有川家に帰ると、案の定、望美が来ていた。
テレビというものにみんなが釘づけになっている。
「あっ、お帰りなさい、弁慶さんっ!」
「ただいま、望美さん。・・・・・何を見ているんですか?」
・・・・・・思ったより元気なようだ。
背後に何となく花を隠して、弁慶が尋ねると、望美は嬉しそうに笑ってテレビを指差した。
「今日の夜、流星群ですって!みんなで見ませんか?ね、いいでしょう?」
「こんなことまで分かっちゃうんだね~。京なら凶兆だ、祟りだって、大騒ぎだよ~」
続けて言うのは景時。
陰陽師でもあった彼には複雑なのかもしれない。
この世界に戦はない。
さらには神道も仏教もいっしょくたで、星のめぐりさえ単なる事象に過ぎない。
本当にかけ離れた世界から望美達が跳ばされた事を実感する。
そして自分たちが跳んだことを。
自分たちの場合は覚悟があった。
けれど、望美達は違ったはずだった。
本当に強いと思う。
運命に打ち克った望美も、それを支え守った譲も、・・・・・・平家を支えた将臣も。
つい彼らに譲りそうになるのは、そうした強さが羨ましくなるせいか。
壊すしか出来なかった自分と違って、彼らは立派にやり遂げたから。
「・・・・・・・・弁慶殿?」
思考の海に沈んだ弁慶に声をかけたのは朔だった。
弁慶はにっこり笑うと、手にしていた花束を朔に渡す。
朔は驚いて、弁慶と花束を交互に見比べる。
「・・・・あの子に渡すのではないの?」
「ふふ、彼女にはまたにします。花はお嫌いですか?」
「そんなことはないけれど・・・・・」
まだ何か言いたげな朔を後にして、弁慶はリビングを後にする。
リビングではまだ、今日の夜の相談が続いていた。
☆
その日の夜。
真夜中近い海辺に全員で揃っていた。
将臣が「いい場所がある」として連れ出したそこに、他の人影はない。
しばらくは流星群待ち。
みんな思い思いに過ごしているところだった。
弁慶が複雑な思いで空を見上げていると、望美が走り寄ってきた。
暖かい格好はしているものの、やはり夜気で冷えているのか頬が赤い。
「楽しみですね!弁慶さんっ」
「ええ」
笑いかけると、望美は安心したように微笑んだ。
そして夜空を見上げる。
「・・・・・・・・やっぱり京の空より星が少ないですね・・・」
「明かりがこれほど多いと仕方ありませんね」
「そうですね・・・・・」
望美の浮かべる笑顔に既視感。
思わず弁慶が問いかける前に、望美が口を開いた。
「弁慶さんが『不夜城』って言ったでしょう?あの時、ちょっと後悔してたんです」
「・・・・・・後悔?」
「みんなを巻き込んで、全然違うところに連れて来ちゃったなあって・・・・・」
よく知る鎌倉に似ていると、朔も宥めてくれるけど。
どれほど違うか、違う時空であることがどれほど心細いか、望美は知っている。
なのに連れてきてしまった。
空も海の色も違うだろうこの世界に。
みんなと離れたくなかった私のわがままを、叶えるみたいにして。
迷宮の謎が解けないのは私のせいかもしれない。
離れたくないと、願ってしまう私の。
「・・・・・・望美さん、僕はこの空が好きですよ」
暫く黙っていた弁慶が静かに言った。
望美は宥めようとしていると思っているようだったが、これは弁慶の本音だった。
京の空は美しかったけれど、ここほど優しくはなかった。
応龍を滅した弁慶にとって、京の空は罪の在り処。
「こんなに穏やかな気持ちで空が眺められるなんて、思ってもいなかったな」
そう言いつつ、本当に幸せそうに微笑む弁慶を見て、望美は胸が締め付けられる。
ずっと罪を背負い、罰を願ってきた人。
あなたがここがいいと言ってくれるのなら、大それた望みを抱いてしまいそう。
ぽつり、こぼれ落ちる。
「弁慶さんが、この世界に残ってくれたらいいのに」
願ってはいけないと思いつつ、独り言のように小さく言ったそれを弁慶は逃さなかった。
「僕を君の隣に置いてくれるんですか?」
「えっ、・・・・・・やだ、からかってるんでしょう?」
いつもの冗談だと思った。もしくは甘やかし。
弁慶がいてくれるはずない。
弁慶には帰るべき場所も待つ人もいるのだから。
そう、思ったのに。
「べ、・・・・・弁慶さん?」
目も逸らしてくれない。
いつもと違う目で見つめられて、このまま落ちてしまいそう。
弁慶は落とすように微笑むと、すっと望美の唇を掠めた。
望美が固まる。
抗議の声がないのに気をよくして微笑んで、弁慶は望美に手を差し出した。
「・・・・・ほら、始まったようですよ。皆呼んでる。行きましょう?」
「あっ・・・・・後から行きます!!」
しれっとして!しれっとして!しれっとしてーっ!!
すぐになんて行けるわけない。
きっとすごく、顔が赤い。
弁慶は「そうですか?では、お先に」と言って、歩いていってしまった。
望美はずるずるとへたりこむ。
いつまでたっても、翻弄されそう。
空には流れるたくさんの星。
冬まだ続く、いくつも謎の残る、運命の時空。
夢見ることが許されるなら、きっとずっと、君と―――