望美と現代に渡ってきたのは、師走の終わり頃だった。
 あの頃の僕には、まだまだ知らないことがたくさんあったと、弁慶は今もちょっと遠い目をしてしまう。
 そう、それは、弁慶の初めてのお正月のことだった―――




 二人きりで過ごす新年。
 新年の番組にも飽きてきたと思しき頃、ふと望美が言い出した。

「弁慶さん、買い物に行きたいです」
「買い物、ですか?」

 弁慶の習慣では、正月は皆が休んでしまうもの。
 もともと定期的にはたたない市はもとより、多くの小店も明けまでは休む。
 当然のことながら、弁慶はそれに準じる気でいた。
 正月は望美とゆっくり二人きりで過ごせると、それを楽しみにしていたのだから、この時間は平穏でも退屈ではなかった。

 だが、望美はまだ若い。
 弁慶のように、ただのんびりと過ごすことは難しいのかもしれなかった。
 そう思った弁慶は、深く考えず望美に頷いた。

「いいですよ。どこへですか?」

 せいぜい近所のコンビニか神社の出店か―――そんなところを想定してあっさりと返された答えに、望美はきらりと光る瞳を向けた。

「戦場です」
「……は?」

 この後、弁慶は望美の言葉が胡蝶でも何でもないことを思い知るのだが―――
 このときはまだ、首を傾げるだけだった。
 望美に危ういところで命を救われ、逃げるようにこの時空に渡ってきて、まだ数日。
 弁慶はあまりに世界の違いを知らず、また知る時間もなかったのである。






「…………」

 お正月は寝て過ごすものだ。
 そう思っていた弁慶は、一気に眠気が吹き飛んだ気がした。

 「戦場」――望美の言葉は誇張ではなかった。

 場所は知っているところだったが、そこはいつもと段違いの活気と熱気に席巻されていた。

(す、凄い……)

 駅前のデパートの初売りである。
 特に凄いのは、婦人服のフロアだった。
 弁慶は遠巻きにしてしまうが、望美は弁慶に荷物を預けると、まさに風のように、その坩堝の中に突っ込んでいった。
 そしてたぶん、奮戦している。
 見知った藤色の髪があっちこっちで見つけられるから、きっと場所を転々としているのだろう。
 弁慶が思った通り、望美はたくさんの戦利品を抱えて帰ってきた。

「ふー、いっぱいあった!弁慶さん、鞄返して下さい♪」

 にっこり笑顔で片手を差し出されて、弁慶は小首を傾げる。

「僕が買いますよ?」

 買い物だ、と望美が言うから、当然弁慶はそのつもりでついてきたのだ。
 しかし、望美は首を横に振った。

「ダーメ!これは、私が買うんですっ」
「はあ……しかし……」

 見ればかなりの量である。
 この数日で得たまだまだ乏しい知識の中には、望美の高校がバイト禁止である旨の決まりもある。
 となれば、望美の懐はそんなに豊かではないはずで、こんなにもいっぱい買おうとした姿もあまり見ない。
 まあ、望美の懐がどうであろうが、弁慶は自分が出す気だったのであるが。

「いいの!この時期の子どもは、お年玉でちょっとだけ裕福なんです。ほら、返して?ね?」

 可愛らしくおねだりされて、弁慶は苦笑して望美に鞄を返した。
 物をあまり欲しがらない望美相手に、こんな機会は滅多にない。
 せっかく何かプレゼントできると思っていたのに……。
 弁慶の思惑は、見事に外れてしまった。

「お待たせしました!」
「はい、持ちますよ」

 せめて、と弁慶は手を差し出す。

「ええ?いいですよ」
「いいから。荷物持ちくらいさせて下さい」

 弁慶の微笑みにほだされたのか、望美は困ったように微笑んだ。

「……わかりました、じゃあこれ。ありがとうございます!」
「どういたしまして」

 ―――本当は、もっともっとしてあげたい。
 自分が受け取ったよりも多くの幸せや喜びを、望美には感じて欲しいのだ。

(なかなかさせてくれませんけどね……)

 密やかに、弁慶はため息をつく。
 それにしても、いっぱい買ったものだ。
 弁慶はどうにも不思議で小首を傾げた。








 場所は移って、ティーサロン。
 小さな謎は、呆気なく解けた。

 望美はアッサムを一口飲むと、満足げに微笑んだ。

「はー、これでいっぱいお洒落ができるぞー!」
「……お洒落、ですか?」

 望美にしては珍しい単語に、弁慶は首をまた傾げた。
 望美が恥ずかしそうに微笑む。

「だって……恋人とか、初めてなんですよ?いっぱい、気合、入っちゃいます!」

 ……僕のため?
 だから自分で買おうとした?

 謎は分かってしまえばただ微笑ましく可愛いもので、弁慶もつられてちょっと赤くなった。

「楽しみにしてて下さいね、弁慶さん?」
「―――はい、そうします」

 ああ、もうどうしよう。
 幸せを倍にして返そうにも、望美は毎日のように惜しみなく幸せをくれて、弁慶をいっぱいにしてしまうから、まったくその目途が立たない。
 もしかしたら、一生立たないままかもしれない。
 抱えきれない幸せ包まれて、弁慶は微笑みを浮かべた。

 それから、月日は過ぎて、お互いの立場はちょっと変わった。
 でもやっぱり、弁慶は幸せいっぱいなままだ。
 きっとこれからも、幸せは続いていくだろう。





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 幸せバトル、というタイトルでした。
 十六夜ED後の弁望です。